モータースポーツはよく、チームスポーツだと言われる。ドライバーの腕はもちろん重要だが、速く走れるマシンでなければ基本的に勝ち目はなく、そんな“速いマシン”を作り上げるチームの能力も必要不可欠であるからだ。
まず前提として、近年はF1のようにチームやメーカー間で開発競争を繰り広げるカテゴリーは少なくなっており、ワンメイク車両でのレースや、異なる車種の性能をBoP(性能調整)でコントロールするレースが主流となっている。そういったカテゴリーにおいては、“速いマシン”を作るといっても車両そのものは同一(もしくは性能が拮抗)であるため、車両の持つパフォーマンスをいかに最大限引き出せるかが勝敗を分ける。
例えば日本のトップカテゴリーに目を向けると、スーパーフォーミュラはエンジンこそホンダとトヨタの2種類に分かれるが、車体とタイヤは共通で基本的にはワンメイクだ。一方スーパーGTのGT500クラスは3つの自動車メーカー(トヨタ、ホンダ、日産)と3つのタイヤメーカー(ブリヂストン、ヨコハマ、ダンロップ)による開発競争が存在するが、車体は共通部品が多く空力開発も厳しく制限されており、さらにタイヤも15台中12台が絶対王者ブリヂストンで、そこにマイノリティのヨコハマとダンロップが一矢報いるべく奮闘しているような状況であることを踏まえても、近年はワンメイクカテゴリー的な様相を呈していることは否めない。
では、そんなハード面での差がほとんどないような状況下でマシンパフォーマンスを最大限引き出すには、ドライバーの運転技術を除いてどういった要素が必要になってくるのか?
エンジニアの施すセットアップがパフォーマンスを大きく左右していることは、目の肥えたレースファンであれば周知の事実であろう。タイヤに適切な荷重をかけてグリップを確保するため、各チームは車高の設定やサスペンションの調整に頭を悩ませる。そこにはチームやエンジニア個人が持つノウハウや解析ツール、さらにはドライバーの言語化能力などが絡んでくる。
最近では国内レース界でもエンジニアがフォーカスされることも多くなっており、例えば“ヒューマンモータースポーツ”を謳うスーパーフォーミュラの中継では、ドライバーに並ぶ“第二の主役”として各ドライバーを担当するチーフエンジニア(トラックエンジニア)の姿が抜かれることもしばしば。表に出る分、本人たちにかかるプレッシャーも大きいと聞くが……。
しかしながら、“第三の主役”の姿にはまだ十分なスポットライトが当たっていない感もある。それが、実際にマシンの組み付け、調整作業を行なうメカニックだ。
侮れないメカニックの技術
PC片手にデータを解析し、マシンのセッティングやレース戦略を組み立てるエンジニアと対照的に、実際に作業を行なうメカニックは“ブルーカラー”的な見方をされているきらいもあるかもしれない。しかしながら彼らの作業にも“匠の技”があり、実はそれがマシンのパフォーマンスにも直結している……そんな話は国内レースのパドックでも口々に聞こえてくる。
昨年もmotorsport.comで特集したように、適切なセットアップを施してマシンのパフォーマンスを引き出すには、その下地として、レースウィークに向けてマシンのパーツを組み上げていく作業の精度が重要になる。そこでパーツごとの個体差(工業製品として許容されるレベルのわずかな誤差)やメカニックの組み方のばらつきなどが“チリツモ”で積み重なってしまうと、マシンの寸法に無視できないほどの差が生まれてしまう恐れがある。そうなると、以前は機能していたはずのセットアップが途端に機能しなくなる……そんなこともあるのだという。これは非常に高次元の領域で僅差の戦いをしているトップカテゴリーならではと言えるだろう。
現在スーパーフォーミュラ、スーパーGT共に強さを見せるトムスのテクニカルディレクター(TD)、山田淳氏はF3等で活躍したベテランのエンジニアとしても知られるが、出身はメカニック。彼も国内トップカテゴリーにおけるメカニックの重要性を痛感しているひとりだ。
「いくら優れたエンジニアが良いセットアップを考えついたとしても、それをクルマに反映させるのはメカですからね。メカニックは今も昔も重要な役割を持っていると思います」
「車両担当のナンバーワンメカがしっかりしていないといけません。そこはSFに限らず、GTでもSFライツでも非常に大事な部分だと思います」
そう語る山田TD。セッティングを煮詰めるためには車両の“再現性”が重要であり、そのためにも精度の高い組み付けが必要なのだ。
「例えば『この車高で行こう』ということになった場合、それで実際に狙い通りのパフォーマンスが出せるかどうかは、スタティック(静止状態)でしっかりと(各数値が)合わせ込まれているかどうかにかかっています。そうでないと再現できないですからね」
またスーパーフォーミュラのdocomo business ROOKIEで監督を務める石浦宏明も、メカニックの作業の重要性を強く認識している。彼は以前、「ガレージでひとつひとつチェックしながら精度高く組んでいくことで、出せるパフォーマンスは大きく違う。1000分の1秒を争うスーパーフォーミュラで上に行けるかどうかは、あそこに全てが詰まっている」と話していた。
大嶋和也の1台体制で長らく苦戦してきたROOKIE Racingだが、今季はコンスタントに入賞を記録するなどパフォーマンスを向上させている。石浦監督も、これまでチームが強く意識してきた精度の高い組み付けがその一因になっているだろうと語る。
「最近はより一層そこ(組み付け)の重要度を痛感しているところです。そこは(好調の要因として)かなり割合が大きいと思います」
「いくらすごいドライバー、エンジニアがいても、残念ながらクルマがちゃんと組めていなければ(結果を出すのは)無理だと思います」
トムスからは“再現性”の話が出たが、ROOKIEの石浦監督は再現性を出すことだけでなく、組み付けがどのように性能に直結するかを理解するのが重要であり、それが何より難しいのだと補足した。
「(前回と)同じように精度高く組むだけなら、そんなに難しくないのではないかと思うのですが、それがどう性能に直結するかといったことを追求するのは、各チーム色々な視点があると思います」
「チームの組み方とエンジニアのセットアップというのものは“セット”なんです。例えば他のチームが組んだクルマに自分たちのエンジニアのセッティングを当てはめても、そう簡単には機能しなかったりするんじゃないかと思います。エンジニアだけ移籍しても、すぐに成績が上がらなかったりしますよね」
「そこは奥が深すぎて、誰も100%の正解は持っていないと思います。ただこれは想像ですが、SFでもよく優勝するようなチームは、きっと何か独自のノウハウをたくさん持っているのだろうなと感じます」
「ネジの締め方」でも違いが出る?
ただ“組み付けのノウハウ”といっても、具体的にどういうものなのか、なかなか想像しにくいところ。当然メカニック本人としても自らの“商売道具”のひとつであるため、詳細はそう易々とは教えてくれないだろう。ただ、そのヒントとなるようなケースがあった。
今年5月のスーパーフォーミュラ第5戦オートポリスで復活の2位表彰台を獲得した野尻智紀(TEAM MUGEN)はチェッカー後の無線で「悩んでたところが解消された気がする」と話していた。そしてその後のインタビューでは、それまでチームメイトの岩佐歩夢のマシンとはセットアップ以外の面で違いがあるように感じていたとして、こう話していた。
「向こう(岩佐のマシン)の良いところはトラクションだと思っているのですが、今回その辺がだいぶ改善されました。エンジニアが考えるセットアップだけでなく、メカニックがどうクルマを仕立てるかという部分も含め、一歩進んだ気がしています」
また野尻はステージのトークショーで、課題が解決した要因について「ネジを強く締めたから(笑)」と冗談めかして話していた。しかし、上記の野尻のコメントを踏まえても、これは決して冗談ではないのでは……。そう思い後日野尻に真相を確かめると、彼は「あれは結構良かったんですよ」と明かす。
「荷重がよりタイヤに伝わるようになったんです」
「実際にモノもどんどん変えているし、“締結点”はすごく大事ですよね」
これについて、とある上位チームのメカニックに話を聞いたところ、そのメカニックもネジの締め方によって違いが出ることはあり得るとの見解だった。実際にその彼も、組み付けの際にはどのようにネジを締めるか、彼なりの工夫をしているのだという。これは、そういった小さな工夫が100の分の1秒や1000分の1秒に繋がる、そう信じて仕事をしているからこそだろう。
トムスの山田TDも、クオリティの高い組み付けをするためにチームが機材などの環境を整えることに力を入れているとしながらも、最終的にはメカニックの妥協をしない姿勢が大事なのだと語る。
「使っている機材もどんどんアップデートしていかなきゃいけないし、基準になる数値を出せる環境が必要ですから、ウチはその辺にはわりと力を入れている方だと思います」
「ただ、とはいえいくら良い道具があっても……少し言い方は悪いですが、メカニックがちょっといい加減というかアバウトな仕事をしてしまうと、その時点でダメですからね」
特にスーパーフォーミュラでは、実力を評価されているドライバーが結果を出せなかったり、かと思えば突然の復調を果たすこともある。モノコックの当たり外れが要因なのではと推測されがちだが、実際にはそう単純な問題ではなく、エンジニア、そして今回取り上げたメカニックの技術など全ての要素が噛み合わない限りは、激しい競争の中で抜け出せない、ということなのだろう。チームのドライバーやエンジニアだけではなく、メカニックに注目するのも、通な楽しみ方かもしれない。

