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前田旺志郎 インタビュー 震災と福島を見つめ直す映画『こんな事があった』

前田旺志郎 インタビュー 震災と福島を見つめ直す映画『こんな事があった』

東日本大震災があった10年後の福島を舞台にし、青春を奪われた若者の怒りや人と人との繋がりを描く映画『こんな事があった』。東京を皮切りに全国順次公開となる本作は、『追悼のざわめき』(1988)でカルト的ファンを持つ松井良彦監督が、何度も福島へ赴きながら人々の声を聞き、構想から13年をかけて映画化へと実を結んだ作品です。そんな本作で主演を務めるのは、『ベートーヴェン捏造』の公開もスタートした前田旺志郎さんです。今やインディーズ映画からメジャー映画までひっぱりだこの前田旺志郎さんに、今作を経て湧き上がった思いや、俳優という仕事について語って頂きます。

――どんなところに惹かれて、この映画に出演しようと決められたのですか。

もともとこの役のオファーが、僕に来たわけではなかったんです。近藤芳正さん (巡回の警察官役) に最初、出演オファーが来ていて、近藤さんと僕のマネージャーさんが一緒なことから「こんな俳優がいるんですけど」と僕のことを紹介してもらったんです。その当時はまだ、松井良彦監督のことを知らなかったので「松井監督は、とにかく凄い映画を撮った監督」と聞いて、“そうなんだ”と思っていました (笑) 。出演が決まる前の顔合わせで、モノクロ(白黒)映画ということは聞いていて、ちょっと面白い現場経験になるかも?というが最初にありました。

――東日本大震災後の福島が舞台で、原発による様々な被害からの心的問題も描かれています。脚本を読まれてどう感じましたか。

出演が決まる前に脚本も読ませて頂きました。題材にちゃんと向き合わないといけないと思いつつ、僕自身がそこまで東日本大震災 (震災当時10歳) のその後を、追っていなかったうちの1人でもありました。その時点で、松井監督は13年も取材をされていたので、そこでのことを僕に話してくださいました。それを聞いているうちに、“なんてことを忘れていたんだろう。なんてことを知らないで過ごしていたんだろう”と恥ずかしく感じましたし、日本でこういうことがあったことを知るべきだとも思いました。そのことをテーマにしたこの映画は凄く素敵で、もし自分に出来ることがあればやらせて欲しいと思いました。

――福島の人たちに会って、自分がこの映画に出演している意味を感じたのではないですか。

そうですね。福島の人たちはとても協力的でした。いろいろ話してくれ、飲み会も開いてくださったりして優しかったです。そんな方々の代弁者に、僕はなるわけじゃないですか。震災当時のお話から日常のお話まで聞いていて、皆さん地元を愛していることが伝わってくるんです。そこであんなことが起きて、今、ちょっとずつ復興してはきているけれど、全然終わってなくて、まだまだ課題があって、僕が知らなかったことばかりでした。この映画を通してそれを伝えられるのであるならば、役者冥利に尽きるというか、こういう作品に出られたことが凄くありがたいことだと思いました。

――凄い経験ですよね。冒頭、空き家に入って行くシーンがありますよね。埃をかぶった部屋の中が、すぐに逃げ出した状況になっていました。この映画に出演するにあたり、どこか見学されたりしたのですか。

本当にバリケードが前に張られていて、入ることが出来ない場所が沢山ありました。とにかく異様でした。見慣れたチェーン店に草が生い茂ったまま残っていたり、通り沿いに残った家もひっそりとしていて。僕の台詞で「放射線量が高かったら自分の家ではなくなるのか」という言葉があるんです。今は東京に住んでいるけれど、やっぱり僕は地元の大阪が大好きで、地元 (実家) に帰ると“帰って来た”と思うし、ホッとしたりもします。でも福島の帰還困難区域の人たちは、そこに家があるのに帰ることが出来ない。自分の家に入ったら警察官が来て怒られるんです。その感覚ってもの凄くきついと思うんです。そういう話を聞くとやっぱり苦しかったですし、胸が痛いけれど、共有していかないといけないと凄く思います。

――撮影が始まる前に福島に行かれたそうですが、前田さんご自身が「行きたい」と言われたのですか。

そうです。その地で撮影を行うと知ってはいても、台本を読んで準備をしている期間中に、“行って、見て、損はない”と思ったんです。今回、美術スタッフとして参加している美術アーティストの山本伸樹さんが、僕が「行く」と言ったら案内をしてくださったんです。車に一緒に乗って降りられるところでは降りて、放射線量が高くて降りられない場所は車の中から眺めて、「ここではこういうことがあった」とひとつひとつ説明してくれました。景色を見て実際に肌で感じるという体験は、僕にとって大きかったです。

――21年間この仕事を続けられて、何か見出したものはありますか。

準備をすることはもちろんですが、結局、現場に行った時にその準備をして来たものをどれだけ大事にせずに、いられるかだと思っています。現場に入って監督に「ここはこうこう」と言われた時に、「この役はこうなんで」と言いたくなるのを抑えるというか。役者がそこにこだわり過ぎると、役が凄く小さくなってしまう気がするんです。自分が思い描いたキャラクターに囚われると、結果的に現場で自分を苦しめることを経験したんです。人間には色々な側面があるし、その役を入れた状態ならば、他の人の意見を取り入れても、役の外側にはみ出ることはないだろうと思うんです。怖いけれど信じて捨てる勇気みたいなものをちょっと持つ。拒否せずにやってみて、やっぱり違和感があったら、また話し合えばいいって感じです。

――前田さんは4歳から舞台に立ち、映像デビューもその頃、兄弟漫才 (コンビ名:まえだまえだ) は6歳からやっていました。子役から大人の俳優へ、その境目を実感するタイミングがあると思います。それは、どんな気持ちだったのですか。

僕は高校から東京に上京したのですが、そのきっかけが、中学2年生の時に「芸能活動はどうする?続けるのなら東京に出た方がいいと思うし、やめるのなら勉強をしてちゃんと受験をしいや」と両親から言われたことでした。“あ、そうか。自分の人生だ”みたいな感じでした。別に強制されてやっていたわけではないのですが、たまたま漫才をやっていたら世間に知っていただいて、その流れで中学校まで来ちゃったんで、仕事という意識はなかったんです。本当に習い事に近い感じでやっていたので、生業にするかどうかも、全部自分の選択なんやと初めて気づいたんです。最終的に自分の意志で「東京に出る。やっぱり楽しいし、続けたいから」と言った時からが、僕の役者人生かもしれないですね。

――仕事になるのか、副業になってしまうのか、境目がありますよね。そこはどうやって乗り切られたのですか。

高校の時とか、それこそそこまでいっぱい仕事があったわけではないので、めちゃくちゃ不安でした。とにかく不安で、“このまま仕事がなかったら浮浪者になるかも”と極端なことを考えていました。それでも“何とかなるか”と言い聞かせ、まだ大人でもなかったから“何とかなったらええな”という感じだったと思います。

――今の自分はどんな俳優だと思いますか。

本当に唯一無二の役者だと思います。嘘です(笑)。でも好きに働けています。幸せな役者人生だと思います。周りに恵まれているのもありますし、「仕事としてやる」と決めたわりには、そこまで仕事として捉えずにここまで来れているというか、本当に趣味の延長線上にまだいられているような楽しさもあって、それは幸せだなと思います。

――前田さんは24歳ですが、今の自分が思う理想の人間はどんな人ですか。

正直に生きたいです。飾らず、人間らしくいたいです。人でいたい。人でありたいです。芸能人にはなりたくないです(笑)。キラキラせずというか、しなければならない時もありますが、でも基本的には普通の感覚を持ち続けていけたらいいなと思っています。実はこの考えは、樹木希林さんの本を読んでええなと思った事なんです。役者は芸能人の役をやるわけではないので、芸能人じゃない人たちの生活を知らない人がそれを演じるのはあまりにも難しい。だから普通の感覚を持って生きなさいということが本に書かれていて、その言葉をずっと大事にしています。そうだなって。

子役時代から役者を続けられてきたのは「現場は楽しかったから」と語った前田旺志郎さん。撮影前に現地へ訪れて役作りに取り入れようとする姿勢なども含め、多くの製作陣が信頼を寄せているのも納得なのです。最近は10歳で出演した映画『奇跡』(2011) の同窓会で、当時の共演者や是枝裕和監督とも再会したと語っていました。今作では、いつもの役とはまた違う、言葉少なく悲しみと怒りを纏った青年をしっかりと演じています。『こんな事があった』は、監督の渾身の思いを受け止めた俳優達の演技にも胸打たれる作品です。

取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 奥野和彦

作品情報 映画『こんな事があった』

17歳のアキラは、母親を原発事故の被曝で亡くし、父親は除染作業員として働きに出、家族はバラバラに。拠りどころを失ったアキラを心配する友人の真一も、深い孤独を抱えていた。ある日、アキラはサーフショップを営む小池夫婦と店員のユウジに出会い、閉ざしていた心を徐々に開いていく。しかし、癒えることのない傷痕が、彼らを静かに蝕んでいく。

監督・脚本:松井良彦

出演:前田旺志郎、窪塚愛流、柏原収史、八杉泰雅、金定和沙、里内伽奈、大島葉子、山本宗介、波岡一喜、近藤芳正、井浦新

配給・宣伝:イーチタイム

©松井良彦/ Yoshihiko Matsui

公開中

公式サイト each-time.jp/konnakotogaatta/ 

配信元: otocoto

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