『ジョン・ウィック』の製作チームが、コロナ後の映画界を元気にさせた意外なアクション映画『Mr. ノーバディ』。家にこもって大ヒット配信シリーズ「ブレイキング・バッド」「ベター・コール・ソウル」を立て続けに見ていた人なら、ああ、この人知ってるけど、アクションスターだったの?と主演のボブ・オデンカークに驚いたはず。ブラピより一歳上、トムと同い年のボブは実はベテランのスケッチコメディ脚本家兼俳優。今年はブロードウェイミュージカル初出演、映画は続編『Mr. ノーバディ2』とトロント国際映画祭で上映されたばかりの『NORMAL(原題)』が北米中心に話題。45歳からめきめきとキャリアを躍進させ、50歳半ばでアクションスターとなったボブ・オデンカークの遍歴をこのコラムでもご紹介。
配信の歴史を変えた「ブレイキング・バッド」
ロッテントマトメーター96% ( 2025.10.21現在) で、配信シリーズの歴史を変えたとも言われる犯罪ドラマシリーズ「ブレイキング・バッド」(2008-2013) 。シリーズ5までつづき、主人公ウォルターが泥沼のドラッグカルテルの頂点に上りつめていくシリーズはバイオレントさながら、元科学教師のウォルターと生徒の葛藤を浮き彫りにし、大ヒットした。
ボブ・オデンカークが演じていたのは脇役。主人公ウォルターが窮地に陥ると助けを差し伸べる弁護士ソウル・グッドマン。どんな難題も解決できる才能に長けた不思議な弁護士は、名前がまさに魂 (ソウル) の良い男 (グッドマン) と聞こえがよく、やさしい眼差しの救世主のような存在感で、彼ならなんとかしてくれるというお助けマンのイメージを定着させ、シリーズの重要人物として最後まで観客の心を捕まえて話さなかった。
そのヒットを受けて、「ブレイキング・バッド」のスピンオフ・シリーズがいくつか製作されたなかで、またもや、ロングランとなったのがシリーズ「ベタ・コール・ソウル」(2015-2022) 。6シリーズのロングランとなり、「ブレイキング・バッド」では語られなかった主人公ソウルの素性、家族関係をあきらかにし、なぜ、真面目な人間が犯罪人の弁護士になっていったかを切り口に、新たに独立したシリーズとして認識され、ロッテントマトメーター98% ( 2025.10.21現在)を獲得するほどの大反響。
シーズン中、エミー賞53ノミネーションと高く評価され、アメリカでは確実にポップカルチャー・アイコンとして君臨しているのがボブ叔父さんなのである。45歳から14年間もこのソウル・グッドマンという同じキャラを演じてきたボブ・オデンカークは、実は他にもいろいろな役に挑戦してきた。ボブ・オデンカークのキャリアは80年代後半のサタデー・ナイト・ライブから始まっている。そのあと『ウェインズ・ワールド2』(1993)、「ベン・スティラー・ショー」(1992-1993)「となりのサインフェルド」(1996)などあらゆるコメディ界の著名タレントと仕事をし、役者としてだけでなく、声優、脚本家、監督、プロデューサーと仕事内容も多岐にわたる。ボブが常にグッドマンであるというイメージは観客を魅了し続け、なんでもない叔父さんをアクションスターにしたらと、ビッグスクリーンに起用したのが『ジョン・ウィック』シリーズのクリエイターたちである。
前作『Mr.ノーバディ』を見なくても十分楽しめる続編『Mr. ノーバディ2』
家族想いの父親ハッチは疲れていた。仕事に明け暮れる毎日で、家族からもいてもいなくても分からないような存在感のなさ。中年サラリーマンは元FBI捜査官。暴力は極力避けていたにもかかわらず、堪忍袋の尾が切れて、バスの中でチンピラを瀕死の状態にしたことで、チンピラの父親であるロシアのマフィアが動き出し、壮大な銃撃戦で終わった一作目。マフィアの金を燃やした後始末で、パート2では、次から次へと借金を返すべく殺し屋としての仕事に追われる毎日。ハッチの望みは家族水入らずの旅行に出かけたかっただけ。やっと選んだ場所はプルマビルという架空の町のウォーターパーク。そこは、ハッチが小さいときに訪れた思い出の場所でもあったのである。ハワイアンシャツに短パン姿で、ひとときの休憩を楽しむのもつかのま、ハッチが訪れる場所には常にとんでもない悪人が潜んでいるのだった。
この平凡な叔父さんキャラをとんでもない銃撃戦に巻き込ませ、それも、素手でも戦えるアクションスターに盛り上げた製作者が、あのキアヌ・リーブスを『ジョン・ウィック』シリーズでヒーローの座に君臨させたチーム。脚本家デレク・コルスタッドの脚本ではじまった『ジョン・ウィック』は復讐に燃えたぎる男のネオ・ノワール。殺し屋を引退したジョン・ウィック対、世界中の闇を牛耳る殺し屋たちとのアクション満載の映画は、七転び八起き的なヒーローをキアヌが演じただけでなく、根本は、妻を失った憂いのあるヒーローと飼い犬の孤独を描き、興行的にも大ヒット。彼の生きた世界はスケールが大きく、殺し屋同士のルールや裏社会の通貨 (金貨コイン) 、上下関係など、忠孝仁義なアンダーグラウンド社会。
このハッチはもちろん、同じフォーミュラではないが、より楽しいコメディタッチで、ハッチの馬力の根源は家族愛。叔父さんキャラが悪人たちから家族を守るというファミリー・アクション映画になっていて、たまには、大きくなった子供たちと家族全員で観に行ってみるのもいいかもしれないと思わせる映画である。
この映画のために、相当なトレーニングをこなしたボブ・オデンカークの姿も続編ではより締まってみえるのは気のせいではない。ボブ・オデンカークは「ベタ・コール・ソウル」シリーズの後半で、心臓発作を起こして入院した経験があり、日々のトレーニングが自らを生き返らせてくれたことを感謝しているとエスクァイア誌で語っていて、筋トレと運動が中年以降の私たちに不可欠であることを納得させてくれる。
『ブレット・トレイン』(2022) 、『フォールガイ』(2024) で知られる監督デヴィッド・リーチもプロデューサーに名を連ねる『 Mr. ノーバディ2』。常にアクション映画に笑いをもたらしてくれるスタントチームがこの映画のスタントと振り付けを極め、セカンドユニットを担当したのが、グレッグ・レメンター。一作目からスタントマスターとしてボブを訓練し、ハッチという半生な、素人男性が戦っているような動きのフローを振り付け、ある意味、ジャッキー・チェン映画のようなギャグがあってスカッとする映画である。
監督は、一作目のイリア・ナイシュラーに代わって、監督ティモ・ジャヤントというホラー映画『V/H/S ネクストレベル』(2013)、『V/H/S 94』(2021) シリーズで知られるインドネシア出身の監督が起用され、一作毎に独立したビジョンを投入。この映画がお茶の間でも定着していくであろう理由は懐かしい往年の俳優起用にもある。一作目と同じく、ハッチの妻を演じるのが、あの『グラディエイター』シリーズのルシラ役だった高貴な雰囲気のあるコニー・ニールセン。主人公ハッチの父親を演じるのが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのドク役で一世風靡した現在87歳現役のクリストファー・ロイド。続編で、密輸ルートを牛耳る巨悪組織の長を演じるのが。相変わらずクールな女優シャロン・ストーン。バケーション先でも、地元保安官に目をつけられるハッチの行く末はいかに!?劇場で是非、楽しんでもらいたいエンタメ作品である。
文 / 宮国訪香子
映画『Mr. ノーバディ2』
地味で平凡な“何者でもない男”ハッチ・マンセルは、ロシアン・マフィアとの壮絶な決闘から4年、焼失させた3,000万ドルを肩代わりした組織への借金返済のため、休日返上昼夜を問わず任務を請け負っていた。一方で家庭は崩壊寸前。妻ベッカや2人の子供たちとの関係修復を兼ね、一家でバカンスを計画する。しかし旅先の寂れた何でもないリゾート地は、裏で巨悪組織を率い、薬物と汚職にまみれた警官を支配する“一切容赦のない女”レンディーナの密輸ルートだった。地元保安官とのトラブルが、たちまち巨悪組織とのド派手な全面戦争へとエスカレートしていく。
監督:ティモ・ジャヤント
出演:ボブ・オデンカーク、コニー・ニールセン、ジョン・オーティス、RZA、コリン・ハンクス、クリストファー・ロイド、シャロン・ストーン
配給:東宝東和
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2025年10月24日(金) 全国公開
公式サイト mr-nobody2
