6-3、1-6、6-7のスコア、2時間18分の熱闘から、約30分後――。
会見室で記者たちを前に、彼女は虚空を、じっと凝視していた。
試合の感想を求められ、「勝ちたかった。惜しかったので」と絞り出すと、目からは涙がこぼれ落ちる。女子テニスツアー「東レパンパシフィックオープン」の、シングルス2回戦。現世界25位、2020年全豪オープンチャンピオンのソフィア・ケニンに挑み惜敗した、17歳の園部八奏(そのべわかな)の、率直な思いだった。
今年の全豪オープンジュニア部門を制し、ジュニア世界ランキング1位にも座した園部が“プロ転向”したのが、10月8日。先週のジャパンオープンに続き、今大会が書面上では、園部の“プロ2大会目”である。
ただ実際には1月の全豪ジュニア以降、園部はジュニア大会には一切出ずに、大人――、すなわちプロの大会に完全に移行してきた。その意味では彼女はこの10カ月間、既にプロ意識を抱き戦ってきたと言える。
日本テニス界の聖地と呼ばれる有明コロシアムで、グランドスラム優勝者をネットの向こうに回しても硬さもおびえも一切ないのは、それら備えがあってこそだ。1ポイント目から得意のリターンを叩き込み、オープンコートを視野に捉えれば、迷いなく強打を打ち込んでいく。左腕から打ち込むサービスもコース、球種、威力を自在に組み合わせ、豊富なバリエーションで相手に狙いを絞らせない。
ケニンは園部の心身を揺さぶるべく、ドロップショットも多用したが、それらにも徐々に対応。実はこのドロップショット対策も、園部がここ最近、集中的に取り組んできたことだという。プロの大会に出れば、若い園部との打ち合いを避け、前のスペースを巧みに用いる熟練の選手も多い。
「相手の浅いボールに対し、足を動かして前に入り打ち返す練習を、最近はやってきた」というのは、プロ転向時に園部が語っていたこと。その成果を伸び伸びと、彼女はセンターコートに描いていた。
2つのブレークを奪い去り、さっそう手にした第1セット。ただもちろん、そのまま走らせてくれるほど、多くを経てきた26歳は甘くない。第2セットでのケニンは、スライスやロブなど一層多彩な球種を用い、園部を前後左右に振ってくる。
「色んなショットを打つのは、私のいつものスタイルではある。ただ今日は、より多くの球種を混ぜていく必要があると思っていた。ワカナのストロークは威力があるし、時に信じられないようなウイナーを打ち込んできたから」
後にケニンが振り返る。一方で園部は、「第2セットは相手が良いプレーをしてきたし、私はエネルギーが落ちてきた」と明かした。
失う物のない挑戦者が序盤はリードするも、経験に勝る上位選手が適応し地力を発揮していく――、それは勝負の世界ではよく目にする光景であり、多くの場合、後者がそのまま地力を発揮し勝利を手にする。
だが園部は、そうではない。
「第2セットを落とした後、1度トイレに行って、全部切り替えてゼロにして、ファイナルセットは1ポイント目からまたギアをガッと上げて集中し直そうと思った」
自分や試合の状況を客観視し、何が必要かを分析する冷静さも、そして再び「ギアをガッと上げる」闘志も、彼女は十分に備えていた。
果たしてファイナルセットは最初のゲームで、園部がいきなりブレークポイントを手にする。その機を逃し、逆に直後のゲームではブレークの危機に面するが、ここは好サービスと攻めの姿勢で切り抜ける。
互角の激しいつば迫り合いのなか、ちょうど試合開始から2時間経った時、ケニンがこの試合最初のマッチポイントに至った。だが恐れを知らぬ17歳は、サービスで相手の体勢を崩し、最も自信を持つフォアハンドの強打を迷いなくストレートに叩き込んでウイナーを決める。
2度目のマッチポイントも、センターにピンポイントで叩き込むエースで切り抜けた。ピンチをピンチとも思わせぬ堂々たるプレーで、このゲームも園部がキープ。試合は並走状態のまま、最終局面へと突入した。
7ポイント先取のタイブレークは、園部のフォアのウイナーで幕を開ける。
勝利へ踏み出した、大きな一歩。
だが直後に、園部が「この試合最大の悔い」に挙げるポイントが訪れた。安全を期してか、やや入れにいったサービスを、ケニンにリターンで叩かれる。続くポイントでは、ラリーをネットにかけた。
「2ポイント目の自分のサーブで、もう少しいいテニスができたら、変わった結果になったかなと思います」
会見での園部は、涙を浮かべて件の場面を振り返る。そしてここで相手に渡った主導権は、再び園部の手に戻ってくることはなかった。
「試合に負けた後はいつも泣くけれど、今日はいつもより悔しい」という涙は、善戦ではなく勝利を渇望していた証。
「苦しい場面やマッチポイントでも、しっかり自分から打っていけたのはすごく自信になった」
コートから持ち帰った種々の感情とこの自信が、新たな海に漕ぎ出した17歳に、進むべき道を示す。
取材・文●内田暁
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