F1アメリカGPでは、ゲートの閉まろうとしていたスターティンググリッドにレッドブルのチームメンバーが再入場したとして罰金を受ける一件があった。これはグリッド位置の目印となるメーカーを巡る攻防が背景にあったが、今回その実態がさらに明らかとなった。
レッドブルのスタッフがグリッドに再び侵入した目的は、ランド・ノリスがグリッドへと正確に停車するためにマクラーレンがピットウォールに貼っていたテープを剥がすことにあった。コースサイドにこういった目印を追加することも、それを誰かが剥がすことも規則では禁じられていないが、ピットウォールを閉めようとしていたマーシャルの指示を無視したことが咎められ、レッドブルは5万ユーロ(約880万円)の罰金処分に。その内半分は執行猶予付きとなった。
両チームの間では以前からこうした駆け引きが行なわれており、レッドブルがマーカー設置を阻止しようとしたのは今回が初めてではないという。
motorsport.com/Autosportの調べでは、マクラーレンはレッドブルからの“妨害”に対抗するために様々な工夫を凝らしてきたという。最新の対策としては、剥がしても跡が残るような特殊な素材のテープを使用しているとのこと。シンガポールGPの際には、テープを剥がすと跡が残るだけでなく、“better luck next time”(次はうまくいくといいな)というメッセージが現れるようになっていたという。
この出来事はファンの間でも大きな話題を呼んだ。中には「タイトル争いをしているようなF1ドライバーが、マシンの停車位置を補助してもらうようなテープを必要とするものなのか」と疑問視する声もあった。
こういった状況の背景には、現代のF1マシンは視界が極端に制限されているということがある。
ドライバーの着座位置は、目線と脚の高さがほとんど同じになるレベルで低い。1996年のチャンピオンマシン、ウイリアムズFW18で低い着座姿勢のマシンを設計したエイドリアン・ニューウェイは自伝で「湯船に浸かりながら蛇口に足を置いているような姿勢」と表現している。
その上ドライバーはシートベルトをキツく締めるため身動きが取れず、衝撃吸収構造やHALOの存在によって視界はさらに限定される。そのため、バーレーンでグリッド位置をわずかにオーバーしてしまったノリスだけでなく、多くのドライバーがグリッドボックスに正確に収まるための目印を求めている。
「僕のマシンには(サイドポッドのミラー取り付け部付近に)すごく良い基準線があって、それが位置合わせにかなり役立っているんだ」
そう明かすのは、ウイリアムズのカルロス・サインツJr.だ。
「でも、前に乗っていたマシンにはそれがなかったから、グリッド位置に合わせるにはそういうテープなどが必要になるね」
「ケースバイケースだ。でも、もし自分がレッドブルのチーム代表だったら、そんなことをしようとする奴らに対して何をするか……言わなくとも分かるだろう」
同様に、ザウバーのニコ・ヒュルケンベルグもこう語る。
「グリッドボックスの見やすさはマシンによると思う。サイドの衝撃吸収構造の高さにもよるんだ」
「この世代のマシンは、誰にとっても簡単じゃない。個人的にはテープは使わないけど、最後の最後に(グリッド上の黄色いラインを)見て、自分がどこにいるか判断する。うまくいったり、いかなかったりだけど、オーバーしたことはまだない」
ちなみに“マクラーレン流”は、グリッド上で黄色のラインを超えないギリギリまでマシンを前方に転がし、その位置でマーキングをするというもの。他のドライバーたちは、フリー走行終わりのスタート練習中に基準となる位置を確認し、レース前のグリッドでは大まかに正しい位置を探っているようだ。
しかし、チャンピオンを争っているドライバーにとっては、“大まか”で済ますわけにはいかないのかもしれない。グリッドで1cmでも前から発進する事は、レースでメリットになり得る。
オリバー・ベアマン(ハース)はこう語る。
「F2とか他のカテゴリーなら、フロントタイヤと黄色いラインの位置関係はすごく分かりやすいんだ」
「でもF1はエアロデバイスが多い。限りなく速く走るために設計されているわけで、黄色いラインを見るために設計されているわけじゃない。実際、僕たち(ハースのマシン)にアップグレードがあった時は、いくつかのジオメトリが変わってしまい、黄色いラインがさらに見えにくくなった」
「ということは、もしマシンが速くなるほど黄色のラインが見えなくなるのだとしたら、マクラーレンなんか何にも見えないんじゃないかな……」

