この謎に迫るべく、飛躍的に競技成績が向上する現象を「ブレークスルー」と名付け、過去にブレークスルーの経験があり、全国大会で上位進出経験のある8名の選手にインタビューを行ない、その内容を徹底分析しました。
その結果、多くの選手が共通してブレークスルーのために重要だと感じている事柄が浮かび上がってきました。まず欠かせないのは、練習の質を高め、競技力を継続的に高めていくことです。そして、成長につながる負荷のかかった練習に日々取り組むためには、高いモチベーションを保ち続けることが求められます。さらに「練習ではできるのに、試合では上手くいかない」という現象が起こるように、身につけた実力を試合で発揮できるようになることも大切です。
第8回は、競技力を継続的に高めていくために重要となる「新しいアイデアを積極的に試すこと」について解説していきます。
■成長を阻む「現状維持バイアス」前回は、「自分の強み・弱みを明確に認識すること」の重要性と、その実践のポイントについて解説しました。そのうえで、「ネットプレーを強化すること」を取り組むべき課題だと認識したとします。その理想とするプレーに近づくためには、現在の自分のプレーに、何らかの「変化」を加えることが必要不可欠です。
しかし、実際に自分のプレーに変化を加えていくことは、そう簡単ではありません。選手はインタビューのなかで、「ネットプレーを強化したいと思っていても、昔はボレーに出てミスすると、ネットに出るのをすぐにやめてしまっていた」と振り返っています。すなわち、「プレーを変化させた方が良いことは理解していても、変化させることへの恐れがある」という矛盾した感情が選手のなかで生じているのです。
このような、無意識に変化を避け、安全で安心できるコンフォートゾーンに留まり続けようとする心理を「現状維持バイアス」と言います。こうした心理は、「何かを得ること」よりも「何かを失うこと」、すなわち「利益」よりも「損失」を高く見積もることによって起こります。言い換えれば、プレーを変化させることで得られる「利益」よりも、「調子が悪くなったらどうしよう」、「回り道になってしまうのではないか」という「損失」を過大に評価してしまうため、必要性を理解していながらも、なかなか行動に移せないということです。
恥ずかしながら、筆者である私自身もまさにこのバイアスに陥っていました。「攻撃力のない自分のプレーを何とかしなければ!」と思い、チームメイトに「これからはもっと攻撃的なプレーをするんだ!」と宣言するものの、数週間後には「やっぱり粘るしかない!」と言い出し、「おいおい、この前と言っていることが違うぞ」とよく笑われていたものです。
■コート上で「実験」を繰り返す選手たち
そんな中、インタビューを通して、自分のプレーに変化を加えようと奮闘する選手たちの姿を知ることができました。たとえば、先ほどのネットプレーに苦戦していた選手は、「ボレーをミスしたときは、『失敗』ではなく、自分への『投資』と思うように意識していた。リスクを負うことで、いずれ大きなリターンを得られるというイメージ」と語るように、自らミスへの心理的なハードルを下げ、試行錯誤を重ねていました。
また、別の選手は「格上の選手に対して、武器である粘り強いプレーが全く通用せず、もっと打たないといけないということを感じて、それからは練習でも、試合のなかでも思い切って打つことにトライした」と語っています。このように、練習だけでなくプレッシャーのかかった試合のなかでも、自身の課題に積極的に挑戦していることがわかってきました。
■ GoodミスとBadミスを分けて考える
ここまでの議論を通して、成長にはリスクを取った「挑戦」と、それに伴う「ミス」の経験を積み重ねることが欠かせないと言えるでしょう。しかし、先ほど紹介した「ボレーに出てミスすると、ネットに出るのをすぐにやめてしまっていた」と語る選手のように、「一度ミスしたらすぐにやめてしまう」ということは少なくありません。とりわけ、ミスへの抵抗感が強い選手ほど、この傾向があるように思います。
そこで1つのアイデアとして、ミス(エラー)の捉え方を見直してみることをおすすめします。一般的にテニスのミスは、相手のナイスショットや巧みな戦略などによって生じた「フォーストエラー」、自分が原因で生じた「アンフォーストエラー」に分類され、後者のアンフォーストエラーを減らすことを目指します。
それに対して、チャレンジしたうえで生じたミスを「Goodミス」、何も考えずに起きたミスを「Badミス」と捉え、「Goodミスは仕方ない」と割り切り、「Badミスを減らす」ように心がけてみるとよいでしょう。先ほどのボレーを課題としていた選手は、ボレーでのミスを「投資」と捉えることで、チャレンジに対する心理的なハードルを下げていました。
さらに、これはコーチングの領域にも関わりますが、「ミスしたくない」という心理は個人の性格や特性だけでなく、環境によっても形成される点は重要です。たとえば「ノーミス〇球」というルールを設定したラリー練習や、ミスに対して厳しいフィードバックを送ることは、自然と選手の「ミスへの抵抗感」を強めることにつながります。
テニスの試合はほとんどのポイントがミスで終了するため、こうしたミスへの抵抗感を育むことはとても大切です。一方で、ミスへの抵抗感が過剰に強まることは、変化を恐れる個人の心理やチームの文化を生み出す可能性があるため、そのバランスを取ることが大切になります。
■少し大きめに変化を加えてみる
そして、ある選手が「変化を加えるときには、あえて少し大袈裟に変化させるように意識している」と語るように、少し大きめに変化を加えてみることも大切になります。突然ですが、皆さんはフォームを変えた際、そのことについて他の人に尋ねるものの、「全然気が付かなかった」と言われた経験はありませんか?
このように、自分では変化を加えているつもりでも、外から見るとほとんど変化していないということはよく起こります。そのため、最初は少し大きめに変化を加え、その上でフィードバックをもらったり、動画を撮って確認したりするなかで調整していくことが大切になります。
【やってみよう!今日からできる実践へのヒント】
以下のポイントを意識して、「新しいアイデアを積極的に試すこと」を実践してみましょう!
①GoodミスとBadミスを分けて考える
②変化を加えるときには、意識的に大きめに変化させてみる
解説=日置和暉
2000年生まれ。慶應義塾体育会庭球部を経て、慶應義塾大学大学院に進学。慶應義塾大学総合政策学部非常勤講師。プリンス契約コーチ。2023年、日本テニス学会研究奨励賞。
解説=發田志音
2000年生まれ。慶應義塾体育会矢上部硬式庭球部を経て、東京大学大学院に進学。国際テニス連盟のコーチング科学誌で論文審査を担当。2018年、日本テニス学会研究奨励賞。
構成●スマッシュ編集部
※スマッシュ2024年9月号より抜粋・再編集
【画像】なかなか見られないトッププロの練習やテニス教室の様子
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