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東レPPOで念願の初優勝を遂げたベンチッチ。「私のプロキャリアのスタート地点だった」という日本への深い思い<SMASH>

東レPPOで念願の初優勝を遂げたベンチッチ。「私のプロキャリアのスタート地点だった」という日本への深い思い<SMASH>

ストレートへの打球がきれいにオープンコートに刺さると、「キャー!」と響く歓喜の声と共に、ブルーのラケットが宙を舞った。その時彼女の脳裏には、4年前に東京オリンピックで金メダルに輝いた栄光の記憶も、蘇ったという。ただあの時と違うのは、無観客だった有明コロシアムが、今回は8,000人超えの観客で埋まっていることだ。

 東レパンパシフィックオープンテニス2025の、シングルス決勝。ベリンダ・ベンチッチが28歳にして、初めて同大会の頂点に輝いた。

「日本は、私のプロキャリアのスタート地点だった」

 今大会の決勝進出を決めた時、彼女は、12年前の日々を回想した。

 当時16歳のベンチッチは、夏の全米オープンジュニアを最後に、“大人”のツアーへと完全シフト。その最初の大会が、当時9月中旬に開催されていた、東レPPOだった。

「この大会で初めてプレーした時に、1回戦を勝ったことをよく覚えている。それが私にとって、WTAツアーでの初勝利だったから」

 16歳の日を彼女は、懐かしそうに振り返る。

「初戦を突破したおかげで、2回戦ではセンターコートで、ペトラ・クビトワと対戦。あれが私にとって、彼女レベルの有名な選手と初めて対戦した経験でもあった。
  その後は、日本のITF大会(ツアー下部大会群)に幾つか出場。そこでランキングを上げたおかげで、翌年1月の全豪オープン予選に初めて出場することもできた」

 これら明瞭な記憶が、日本での日々がいかに大きかったかを物語る。2013年9月に日本に来た時の、彼女の世界ランキングは326位。2カ月後には、184位として日本を去った。

 やや余談になるが、翌年の全豪オープンで予選を突破したベンチッチは、同大会の“本戦出場中最年少選手”となる。そうして本戦初戦で対戦したのは、最年長選手の伊達公子だった。

 かくも日本との関わりも深いベンチッチだが、その後に『天才少女』が歩んだ道は、起伏に富む。16年から17年にかけては手首のケガに悩まされ、手術も経験。7位に達していたランキングは、約1年で300位台まで下降した。

 その後もケガに苦しみながらも、19年には全米オープンベスト4。20年2月にはキャリア最高位の4位に達し、コロナ禍で開催された東京オリンピックでは金メダルを獲得した。

 私生活では、24年に結婚し4月には女児を出産。その半年後にコートに復帰すると、今季開幕時には400位台だったランキングを猛スピードで駆け上がり、世界の13位で今大会を迎えていた。
  それらケガや出産もあり、ベンチッチが有明コロシアムを訪れたのは、4年前のオリンピック以来だった。その良い思い出をなぞるように、今大会の彼女はあの時と同じく、フルセットの大熱戦を制していく。準々決勝のカロリーナ・ムチョバ戦では、窮地を幾度も切り抜けて、3時間8分の死闘の末に勝利。準決勝のソフィア・ケニン戦も、2時間超えの熱戦だ。

 一方でドローの反対側を勝ち上がってきたリンダ・ノスコワは、対照的な足跡を辿っていた。準々決勝は相手の途中棄権。準決勝は、エレーナ・ルバキナが戦前に棄権したため試合はなし。決勝を迎えた時点で、両者がコート上で費やした時間には、4時間以上の開きがあった。

 この差は、どちらにも優位に働いた可能性はあるだろう。ベンチッチは体力的には不利だが、ノスコワには試合勘欠如の懸念もある。

 そして「試合前には、必ずプランを用意する」というベンチッチには、状況を踏まえた上での、明確な戦略があった。

「体力的に厳しいことはわかっていた。だから、いつも以上に攻撃的に行くことを心掛けた」
  果たしてベンチッチは、早いタイミングで左右に打ち分け、前に踏み込み、浮いたボールはスイングボレーを叩き込んだ。ポイントを短く終えるためのその策は、ミスのリスクと表裏のもろ刃の剣。それでも迷いなく攻める姿勢、そして確かな技術が、多くの局面で彼女にポイントをもたらす。

 相手に10本あったブレークポイントも、全て凌ぐ勝負強さを発揮。「今日、サービスが良かったのはラッキーだった」と言うが、それもこのコートで重ねてきた時間と経験の産物でもあるだろう。

 試合開始から、1時間21分――。リターンからの3球目で決めたラストポイントは、この日の試合を、そしてこの大会でのベンチッチを象徴するウイナーだった。
 
 東レ パンパシフィックオープンを象徴する漆器の優勝プレートは、ベンチッチにとってキャリア通算10度目のツアータイトルでもある。

 同大会は今年、40周年を迎えた。決勝開始前のウォームアップ時、コート内のモニターに次々と映し出される歴代チャンピオンの姿を見ながら、ベンチッチは「このメンバーに加われたら、最高の気分だろうな」と思っていたという。それら栄光の顔ぶれの中には、ベンチッチの師とも言える、マルチナ・ヒンギスの顔もあった。

取材・文●内田暁

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配信元: THE DIGEST

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