体内で合成できない必須アミノ酸「BCAA」には、筋肉組織でたんぱく質の合成を調節する働きがあります。チーズの主要なたんぱく質には、BCAAの1つであるロイシンが豊富に含まれています。粉チーズは、振りかけるだけでたんぱく質とカルシウムを摂取することができ、特に食事作りがおっくうになりがちな高齢者にはお勧めの方法といえます。【解説】齋藤忠夫(東北大学名誉教授)

解説者のプロフィール

齋藤忠夫(さいとう・ただお)

農学博士。1989年より東北大学大学院農学研究助教授・准教授。2001年より、同大学教授、18年より名誉教授。アジア乳酸菌学会連合会長、日本酪農科学会会長、日本農芸化学会フェローなどを歴任。チーズやヨーグルトなどの畜産食品科学に造詣が深く、多数のテレビ出演やメディア寄稿で乳製品の利点を広めている。著書に『チーズの科学』(講談社ブルーバックス)など多数。

(広告の後にも続きます)

チーズのカルシウムは体に吸収されやすい

高齢になると、筋肉量が落ちて基礎代謝が低くなります。基礎代謝が落ちれば、自然に食が細くなり、食べられないことによって栄養不足となり、さらに筋肉量が落ちる……という負のサイクルに陥ります。

その結果、多くのかたが移行するのが、「サルコペニア」や「フレイル」と呼ばれる状態です。

サルコペニアとは、「加齢などによって筋肉量が減少し、身体機能が低下した状態」、フレイルは、「心身が衰弱した、いわゆる虚弱状態」を指します。

サルコペニアが進行すると、家の中での転倒・骨折が起こりやすくなりますし、大腿骨などを骨折し寝たきりになれば、それがフレイルへつながります。フレイルはさらに認知症や要介護状態へと連なり、心身の状態がどんどん悪化していくことになります。

その対策の柱となるのが、運動と食事の2つです。特に食事においては、1日に60gのたんぱく質をとることが、筋肉量の維持には必要です。

そのために皆さんにお勧めしたいのが、チーズです。

第1に、チーズは筋肉強化のための食材として、とても優れています。

チーズを構成する主要なたんぱく質が、カゼインです。このカゼインには、筋肉を作る際に必要なロイシンなどの「分岐鎖アミノ酸」が豊富に含まれています。

BCAAと略称される分岐鎖アミノ酸には、筋肉組織でたんぱく質の合成を調節する働きがあります。

近年の研究では、BCAAの一つであるロイシンが筋肉細胞に取り込まれると、筋肉を作り出す遺伝子系にスイッチが入り、筋肉の合成が促進されることがわかってきました。同様のしくみが、ロイシンと同じ分岐鎖アミノ酸であるイソロイシンやバリンにも認められています。

このロイシンの含有率は、自然界のたんぱく質のなかで、チーズに含まれているカゼインが最も高くなっています。

また、BCAAは体内で合成できない必須アミノ酸でもあります。こうした点から、チーズは筋肉を強化するのににぜひ摂取したい食品といえるのです。

ロイシンの構造は単純だがヒトは合成できない

第2に、チーズは、カルシウムの補給源としても非常に優れています。カルシウムの摂取量の目安は1日に600mgとされていますが、たんぱく質同様、こちらも多くのかたが足りていません。

私たちの骨密度は、加齢とともに減少します。特に女性は、閉経をきっかけに女性ホルモンが急減すると、骨粗鬆症を発症する確率が大きく高まるので要注意です。

カルシウムが豊富な食品としては、小魚、小松菜、モロヘイヤなどがありますが、最も効率よく吸収できるのが、チーズをはじめとする乳製品です。

体へのカルシウムの吸収率を比べてみると、牛乳40%、魚類30%、野菜類19%となっています。チーズに含まれるカルシウムであるリン酸カルシウムは、小魚などに含まれるそれよりも、体に吸収されやすく、栄養になりやすい構造なのです。

チーズを積極的にとることで、しっかりした骨を長く保てるなら、転倒防止や骨折予防にも役立つはずです。それがひいては、サルコペニアやフレイルの予防にもつながっていくと考えられます。

ほかにチーズには、カルシウムによる肥満予防や、ペプチドによる血圧を下げる作用など、多くの健康効果があります。中高年以降の健康維持のため、多くのかたに活用していただきたい食品なのです。