フランスには、歴史やキリスト教に由来し、地域の特色を生かした「地方菓子」が数多く存在しています。

レシピ本『まだ知られていない物語のあるお菓子』を手掛けた、お菓子研究家の下園昌江さんは、長い年月をかけてフランスを巡り、地方菓子のレシピとエピソードを研究してきました。

「発祥の由来を知ると、より一層味わい深くなる」と話してくれた下園さんに、フランス地方菓子の特徴と魅力について伺いました。

下園昌江さん

お菓子研究家。1974年、鹿児島生まれ。筑波大学卒業後、日本菓子専門学校で製菓の技術と理論について学ぶ。パティスリーでの修行を経て、2007年より自宅で菓子教室をスタート。フランスの素朴な地方菓子や伝統的なお菓子の美味しさを発信している。

Instagram:masaeshimozono

隣国の文化や宗教に影響を受けた素朴でシンプルな地方菓子

―『まだ知られていない物語のあるお菓子』はフランスの地方菓子にフォーカスしたレシピ本ですが、そもそも下園さんがフランスの地方菓子に興味を持ったきっかけはなんですか?

パティスリーでの修行時代に、業界誌やレシピ本を読み漁り、「フランスにはそれぞれの地方に昔から伝わるお菓子がある」ということを知りました。

その多くが焼きっぱなしの茶色い佇まいで、多くの人が「フランス菓子」にイメージするような華やかさは見られませんでした。

さらに調べてみると、それぞれのお菓子には歴史的背景があり、キリスト教の行事に関係して生まれたものもあることがわかりました。

これまで「お菓子がなぜ生まれたか」と意識したことがなかったため、強く興味を持つようになったんです。

―その後、フランスの地方菓子を巡る旅を計画されたそうですね。

2007年から、定期的にフランスの地方を巡るようになりました。

最初はフランス菓子・料理研究家の大森由紀子先生のツアーに参加させてもらい、フランス南西部のバスク地方に行きました。

その後は独自でツアーを企画して、フランスのお菓子に興味がある方と一緒にプロヴァンス地方やブルターニュ地方など、12年間で計8回のツアーを開催しています。

中でもアルザス地方は私のお気に入り。今回のレシピ本でも「ブレデル」や「ベラヴェッカ」など、アルザスのお菓子を多く載せています。

―地方ごとにどのような違いがありましたか?

バスク地方はスペインの文化、アルザス地方はドイツの文化など、国境付近の地域では、「隣国の文化」に影響を受けているお菓子が多く見られました。

また、フランス北部ではバター、南部ではオイルを使用するなど、地域性によるレシピの特色もあります。

それから、キリスト教の行事にちなんだお菓子も多くありました。

例えば、アルザス地方では「アニョー・パスカル」(上の写真)という子羊の形を模したお菓子を復活祭に食べたり、「マナラ」(見出し下の写真)という人型のパンをサン・ニコラの日に食べたりする風習があります。

ほかの地方も同様に、ローヌ・アルブ地方では「ビューニュ・リヨネーズ」という揚げ菓子を謝肉祭の時期に食べるなど、宗教とは切り離せないのがフランス菓子だと感じています。

 

17世紀から続く焼き菓子「ガトー・バスク」の味をイメージ

―今回の書籍では30種以上のレシピが登場していますが、もっとも印象深いお菓子はどれですか?

バスク地方で親しまれているのが、焼き菓子「ガトー・バスク」(上の写真)です。

クッキーのような生地の中に、カスタードクリームやさくらんぼジャムを入れて焼き上げたもので、シンボルである「ローブリュー」という十字架のマークをつけているお店も多く見かけました。

17世紀ごろから食べ継がれている伝統的なお菓子で、当時はいちじくやプルーンなどの季節のフルーツやジャムを入れていたそうです。

バスク地方を旅したとき、パティスリーやスーパーなどで、10種類以上のガトー・バスクを食べ比べてみたのですが、お店ごとにこだわりやアレンジがあり、とてもおもしろかったです。

―紹介しているレシピでは、フランスで食べた味をそのまま再現しているのですか?

現地の味に近いものを目指しつつ、私らしいアレンジも加えています。

あるお店のガトー・バスクには、「シュークル・クリスタル」という粒の大きな砂糖が使われており、じゃりっとした食感が魅力的でした。

その食感を日本の食材で再現するために、レシピでは「白ざらめ糖」で代用しています。

日本でもガトー・バスクを売っているお店がありますが、多くがバターがたっぷり入ったリッチな味わい。

現地で食べたものはさっぱりとした風味だったので、より現地の味わいに近づけるため、粉の風味を強く感じられるようレシピを工夫しています。

 

由来を知ることで、より味わい深いお菓子になる

―失敗から生まれたお菓子も紹介されていましたね。

黒焦げのチーズケーキ「トゥルトー・フロマージェ」(上の写真)は、19世紀に生まれたポワトゥー・シャラント地方生まれのお菓子です。

チーズケーキを焼いていたところ、1つだけオーブンから取り出すのを忘れて真っ黒に焦げてしまったのが始まりとのこと。

その黒焦げのケーキを食べてみたら、内側はふっくらと柔らかく美味しかったことから、焦がして食べるようになったそうです。

―お菓子が生まれた物語や背景を知ると、より愛着が湧きますね。

そうなんです。お菓子の発祥の物語やエピソードは諸説あり、中世の頃の話は曖昧に語り継がれているものも少なくありません。

でも、そのエピソードを知り、「こんなふうに作られたのかな」「どんな時に食べていたのかな」と想像しながら食べると、一層味わい深く、お菓子を食べる時間が楽しくなると思います。

私自身、地方菓子への探求を深めたことで、フランスの田舎町の風景を思い出したり、作り方を見せてくれたパティスリーの職人さんの顔を思い出したりしながら、お菓子を作るようになりました。

「お菓子の由来」を知ることで、いつもと違った楽しみ方ができるようになったと感じています。

 

ゆで卵で作る“サクホロ食感”の焼き菓子「サブレ・ノルマン」のレシピ

フランスの地方菓子の魅力を知ったら、実際に作ってみたくなりますよね。そこで、下園さんに、ご家庭でも手軽に作れる「サブレ・ノルマン」のレシピを教えてもらいました。

コーヒーのお供にぴったりの焼き菓子をぜひお試しください!

 

<材料>(26枚分)

・バター:100g

・粉糖:73g

・塩:1g

・ゆで卵の黄身:2個分

・薄力粉:150g

<下準備>

・ゆで卵を固茹でに作り、殻を剥いて黄身を取り出し、裏ごしする。

・バターを室温に戻す。

・天板にオーブンシートを敷く

<作り方>

1.ボウルにバターを入れ、木ベラでなめらかになるまで練り混ぜる。合わせた粉糖と塩を3回に分けて混ぜ、その都度、大きな楕円を描くように30回混ぜる。裏ごししたゆで卵の黄身を加えて混ぜる。

2.ふるった薄力粉を[1]のボウルに2回に分けて入れ、木べらでボウルの底から返すようにして混ぜる。最後にカードでボウルの周りやそこの粉をはらい、粉気がなくなるまで混ぜる。

3.ラップに包み、冷蔵庫で3時間〜1晩寝かせる。

4.寝かせた生地のラップを開き、もう1枚ラップをのせてサンドする。めん棒を使って4mmの厚さに伸ばした後、冷蔵庫で15〜20分冷やす。

5.[4]を型で抜き、天板に並べる。170℃に余熱したオーブンで18分程度焼く。香ばしい焼き色がついたら、網にのせて冷ましたらできあがり。

 

何百年も親しまれている地方菓子

―最後に、この本を手に取った方に、どのようにフランスの地方菓子を楽しんでもらいたいですか?

フランスの地方菓子に興味を持って、実際に作ってもらえたらうれしいです。

何百年にも渡って親しまれている地方菓子ですが、最近ではフランスの家庭で作る人は少なくなっているように感じます。

「おばあちゃんが作るお菓子」のイメージが強く、若い世代は作らなくなっているのかもしれません。日本の伝統菓子「おはぎ」や「お団子」も同様ですね。

今はインターネットでも、それぞれの土地の景色を見ることができますし、日本にいながらフランス菓子の特徴的な焼き型を入手することもできるようになってきました。

ぜひご自宅で作ってみて、そのお菓子が生まれた土地に思いを馳せて楽しんでもらえたらと思います。

 

素朴でおいしい、そして歴史や物語のあるフランスの地方菓子。下園さんが現地で味わい感じた魅力を、ぜひご家庭で楽しんでみてくださいね。

 

■書籍情報

『まだ知られていない物語のあるお菓子』( 文化出版局)

著者:下園昌江

価格:¥1,870
撮影|竹内章雄