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「老舗がふざけた商品を作るな」と批判も…日本初“激辛”の誕生秘話。東京の老舗店主が1970年代を振り返る

「老舗がふざけた商品を作るな」と批判も…日本初“激辛”の誕生秘話。東京の老舗店主が1970年代を振り返る

◆1984年に新語・流行語大賞の銀賞を獲得

湖池屋が「カラムーチョ」を発売したのが1984年、神田のカレー店「ボルツ」が注目を集め、それを受けて江崎グリコがレトルトカレー「Lee」を1986年に発売。これらは「辛さ◯倍」など、より辛いものを求めるムーヴメントを巻き起こした。

その流行により、「激辛」という言葉が1986年の新語・流行語大賞(当時の名称:『現代用語の基礎知識』選 新語・流行語大賞)の銀賞を獲得するに至った。

「世の中で、激辛という言葉がたくさん聞かれるようになって、その元祖を調べていただいてうちを見つけていただきました。父は、授賞式にも参加しましたよ」

◆一時は原材料が品薄に

1970年代に「神田淡平」で産声をあげた「激辛」が、1980年代に一大ブームを巻き起こしたことで同店にも大きな影響が。

「ブームの時はすさまじかったです。激辛せんべいは話題にはなりますが、やはりメインの売れ筋は、のり・ごまなどが中心です。しかし、80年代のあの当時は、それらにも近いくらいの人気になりましたね」

ブームの加熱っぷりはものすごく、ほとんどを輸入品に頼っていた一味唐辛子が、あらゆる企業で手に入らなくなったほどだったという。

「それでもうちは、ブームの10年以上前から同じ問屋さんから仕入れていたので、問屋さんが頑張って手に入れてくれて、なんとか間に合わせたのを覚えています」

元祖だからこそ、一味唐辛子が品薄になった中でも、激辛せんべいを作り続けることができたわけだ。


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