◆クレームは「ほぼない」
伝統あるせんべい店が生み出した、当時としてはアバンギャルドな「激辛」の商品。周囲の反対はなかったのだろうか。「業界の中では『老舗のおせんべい屋さんなのに、こんなフザけた商品をつくるのはよくないよね』とは言われていました」
まだ激辛が浸透するまえの1970年代〜80年代前半には、辛すぎるせんべいにクレームもありそうだ。しかし、鈴木さんは「今でもそうですが、必ず注意喚起してから販売するので、クレームはほぼないですね」としながらも、次のようなエピソードを教えてくれた。
「お年を召した女性の方が、『3000円くらいの箱詰めで、中身は全部激辛にして』とおっしゃるんです。辛くて食べきれないかもしれないという話はしたんですが、聞き入れていただけず買って帰られました。しかし、3日後に『いくらなんでも、こんなに辛いとは思わなかった!』と返品を求められましたね(笑)」
◆「激辛の基準」という矜持を持つ
1980年代にブームとなった激辛は、今や文化として定着したと言っていいだろう。唐辛子タレ入りで、辛さが選べるラーメンの一蘭や、カレーの辛さが選べるCoCo壱番屋が、辛党だけでなく一般的にも人気なのがその証左だ。また、ハバネロやジョロキアを使った商品もゾクゾクと誕生し、「より辛いもの」を求める層は先鋭化している。こうした「激辛」をとりまく時代の変化はあるが、神田淡平はさらに辛い商品を作ろうとはしていない。
「味は発売当初から、“あえて”変えていません。辛さを追求しているわけではありませんし、『激辛』という言葉の元祖がうちなので、激辛という辛さ=うちの激辛せんべいです。もっと辛いものを、他が作られるのは構いませんが、それは『激辛』という言葉からは、はみ出したものですね」
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「激辛」という言葉は、子供のいたずら心と、それに応えた父の職人魂が結びついて生まれた結晶であった。
時代の移ろいとともに、世の中にはより過激な刺激を求める声が溢れている。しかし、神田淡平が守り続ける味は、流行に左右されない「言葉の原点」を今も私たちに示している。
日常に溶け込んだ言葉の裏側に、こうした熱い物語が隠されている。そう思うと、手元にある辛い料理も、また違った味わいに感じられるはずだ。
<取材・文/Mr.tsubaking>
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【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

