◆中学生ながら「しっかりしなきゃ」と…

チャンチー:アイドルのオーディションサイトを見て、応募しました。最初のグループはデビュー前で、ももクロさんが結成初期にワゴン車で全国を回っていたように、ゼロからデビューして這い上がり「努力すれば夢が叶う」と、身をもって証明したかったんです。でも、親に内緒で受けていて、中学生だったので事務所と契約するときに打ち明けざるをえなかったんです。反対されることはなく「学校でちゃんと勉強するなら」と言って、受け入れてくれたのでホッとしました。
――親御さんの許しも得て。いざ、デビューしてからはどのような活動をしていたのでしょう。
チャンチー:地下アイドルの常識を知らなくて、メイクを自分たちでやるのに驚きました。デビューした会場は小さなライブハウスで、アイドルといえばももクロさんをテレビ越しに見るだけだったので、生のコールにもビックリしたんです。
でも、一番衝撃的だったのは、デビューして1年後に十数人いたメンバーが、3人だけになったことでした(苦笑)。当初の最年長は20代で、私は中学生なのでダントツで年下だったんですけど、次々とメンバーが辞めていく環境では、自然と「しっかりしなきゃ」という気持ちが芽生えました。義務教育だったから、もちろんアルバイトすらしたことなくて。当時、初めて「飛ぶ」という言葉の意味を知りました(笑)。
――いわば、初めての社会人経験だったわけですから。中学から高校にかけては、学校との両立も大変だったのではないですか?
チャンチー:中高一貫校で勉強に力を入れていたし、グループは年平均で考えると月の通算で30本ほどのライブをこなしていたので、しんどかったです。高校時代まではライブが終わったら、帰って朝まで勉強する日もあって。テストでは、赤点ギリギリを目標にしていました。
高校3年生になってからは、看護大学への受験もあったんです。親は「大学に行って、将来は就職してほしい」と考えていて、アイドルは続けるつもりだったんですけど、私も「資格を取ったら安心してくれるかな」と思って、看護師をめざしたんです。幸いにも高校にあった推薦枠にうまく引っかかって、高校3年生の11月には合格しました。
◆同級生の裏切りで中退するハメに
――看護大学へ入学後も、1社目の事務所での活動は続いていたんですね。チャンチー:でも、事務所のスタッフさんがギスギスしていて、嫌になっちゃったんです。辞めると伝えたら「そんな気持ちのメンバーがいると邪魔」だと言われて、口も聞いてくれなくなって。卒業ライブはあったんですけど、自分の中でも吹っ切れていたのでいっさい泣かなかったです(笑)。
――そして、2021年11月には、現在所属するBLUEGOATSのメンバーとしてデビューします。
チャンチー:以前の事務所を辞めてから、3ヶ月ほどの期間がありました。以前のグループでもアイドルとして目の前の活動へ必死に食らいついていたけど、「コリン性蕁麻疹」を抱えていたのもあり、空白期間で「自分って本当にアイドルをやりたいのかな」と考えたんです。
私としては「横浜アリーナのような大きい会場をめざさなければ、意味がない」と思っていたんですけど、活動していれば給料が出るし大きな目標を立てなくてもいいと考えるアイドルの子も実際にいて、志の異なるメンバーと一緒に「やってもなぁ…」というためらいもあって。でも、以前の事務所を辞めて1ヶ月ほどしたら、結局、アイドルを自然と追っていた自分がいたし、もう一度戻ろうと決めました。
――ただ、必ずしも順風満帆ではなくて。グループ公式のYouTubeチャンネルにアップされた「喘ぎ声カラオケ」など、過激ともされる企画動画をきっかけに、中退を強いられたそうですね。
チャンチー:コロナ禍でTikTokを頑張っていたのもあって、大学の同級生にも、アイドルとしての活動はバレていたと思うんです。全員に打ち明けていたわけではなく、直接伝えていたのは信用できる仲のいい数人でした。
でも、クラスメイトの誰かにTikTokの企画動画のことを大学にバラされてしまって……。看護実習もようやく落ち着いて勉強に専念できると思ったのに、辞めることになりました。

