もし現金があったら―相続対策で見落としがちな「流動性」の重要性
一郎さんは、父の残りの株式を大切に保有しながら、「土台となる資産は、まだあります。これからは僕のやり方で、ゆっくりでも、父が減らした分を取り戻していければ」と話します。しかし、「せめて相続税分の現金があれば、株式の売却時期を選べたのに」――そんな気持ちを完全に拭い去ることはできません。
相続対策において、多くの人が見落としがちなのが「流動性」の確保です。資産の大部分を株式や不動産で保有していると、相続時に現金化に困ることがあります。特に株式の場合、売却タイミングが市場環境に左右されるリスクがあります。
理想的な相続対策は、相続税額の見積もりを行い、その分の現金を確保しておくこと。または、生前に段階的に株式を売却し、現金と株式のバランスを調整することです。 「父の投資戦略は間違っていませんでした。でも、相続まで考えた『出口戦略』があれば、もっと良い形で資産を引き継げたと思います」と一郎さんは語ります。
この経験は、資産形成期から相続まで見据えた総合的な資産管理の重要性を教えてくれます。
成功した資産形成を次世代に確実に引き継ぐために
刈谷家の事例から学べる重要なポイントは以下の通りです。
●「増やす力」と「届ける力」は別物
どれほど見事に資産を築いても、相続対策が伴わなければ、その資産は家族の重荷に変わりかねません。
● 相続税は「現金」で払うもの
株式や不動産がいくらあっても、納税の原資となる現金がなければ、不利なタイミングでの売却を迫られます。
●市場は納税期限を待ってくれない
相続発生と市場の暴落が重なれば、大切に育てた資産を安値で手放すことになりかねません。
●「今いくら相続税がかかるか」を知っておく
生前から定期的に相続税額を試算し、必要な現金を手元に確保しておくことが、家族を守る第一歩です。
●「出口戦略」まで含めてこそ、本当の資産設計
資産を「築く」ことだけでなく、「届ける」ところまで描いてはじめて、長期戦略は完成します。
「自分の資産も、ほとんどが株式。同じようなことになるかもしれない」と感じた人もいるかもしれません。長い年月をかけてコツコツと資産を積み上げてきたこと、それ自体は本当に素晴らしいことです。家族を想い、将来に備えてきたからこそ、今の資産があるのだと思います。
ただ、せっかくの想いが届く前に、税金や市場環境という「制度の壁」に阻まれてしまうことがある――刈谷家の事例は、そのことを私たちに教えてくれています。
「資産を増やすこと」と「資産を届けること」は、似ているようでまったく別のことです。優秀な投資家ほど「売らない」ことに誇りを持っていらっしゃいます。その信念は尊いものです。しかし、ある段階からは、家族が困らないように現金を備えておくこともまた、大切な人への深い愛情の形ではないでしょうか。
今日からできることは、決して難しいことではありません。
「もし今、自分に何かあったら、相続税はいくらになるだろう?」
「家族はそれを払えるだろうか?」
この問いを一度、静かに考えてみること。それだけで、あなたの資産設計は一段深いものになるはずです。築いてきた大切な資産が、家族のもとへ確かに届くように。その「最後の一手」を、今から考えてみませんか。
ファイナンシャルプランナー
青山創星
