友人にも、恋人にもいえない理由
返済の悩みを誰かに打ち明けることは難しい。
「200万円くらいでしょ、って軽くいわれそうで、あまり話していません。金額が少ないから、逆に大げさにみられそうで」
現在、交際している男性がいる。彼は奨学金を借りていない。結婚を意識しはじめたことで、奨学金のことをいつ伝えるか、ずっと気になっている。
「結婚の話が出る前にいわなきゃとは思っているんですが、タイミングがわからなくて……。お互いの収支の話をするような関係になれば自然といえるのかもしれませんが、自分だけなにかを背負っているような感じがして、言い出しにくいんです」
SNSを開くと、同世代の友人が転職や副業、起業の投稿をしている。その画面をスクロールしながら、Aさんは、自分だけが前に進めていないような感覚にとらわれることがあるという。蓄積された鬱屈は、ある日、思わぬ形で噴出した。
実家の母親から電話があったときのことだ。何気ない「最近どう? 結婚の話は出ているの?」という問いかけに対し、Aさんは唐突に感情を爆発させた。
「私が一番焦っているの! 毎月、お金が引かれるたびに惨めな思いをしてるの、お母さんにわかるわけないじゃない!」
受話器の向こうで沈黙する母に構わず、彼女は泣きだした。電話を切ったあと、激しい自己嫌悪が襲った。進学を決めたのは自分であり、両親もまた決して裕福ではなかったことは理解している。しかし、SNSで転職や起業、海外旅行を楽しむ同世代を眺めるたび、自分だけが「過去の清算」のために足踏みしている感覚を、誰かにぶつけずにはいられなかったのだ。
「少額」が生む、みえにくいキャリアの停滞
Aさんの返済額は生活を破綻させる金額ではない。しかしその「少額」であることが、逆に問題をみえにくくしている。
20代~40代の貸与型奨学金を利用していた会社員100名を対象としたアンケート調査では、返済により日常的にストレスを感じると答えた人は67%。「転職・挑戦を控えた」が21%、「自己投資を控えた」が25%に上り、7割強が返済の悩みを相談することにためらいを感じているという。
月々1万2,000円という金額は、家計簿の上では些細に見えるかもしれない。しかし、若年層のキャリア形成において最も重要な「リスクテイク」を阻害している事実は深刻だ。自己投資を控えることでスキルアップが遅れ、結果として生涯賃金が上がりにくくなる。この「機会損失の連鎖」こそが、奨学金問題の真の実態といえる。
