自由で明るい存在感を放ち続ける黒柳徹子さん。これまで多くの人から大切な言葉を受け取ってきたと言います。その中から、向田邦子さんと沢村貞子さんとの交流で今も大切にしている言葉を教えていただきました。
お話を聞いたのは、黒柳徹子(くろやなぎ・てつこ)さん

東京出身。1953年にテレビ女優第1号としてNHK放送劇団に入団。61年、文学座研究所に入所。71年にはニューヨークに1年間留学。76年に「徹子の部屋」がスタート、2011年には「同一の司会者による番組の最多放送回数記録」としてギネス世界記録に認定された。テレビ、ラジオ、舞台で活躍する他、1984年よりユニセフ親善大使を務めている。著書に『窓ぎわのトットちゃん』『トットひとり』など。
「大切な言葉があったから何とかやってこられた」
黒柳徹子さんは、日本のテレビ放送が始まった1953年にNHK放送劇団に入団。以来70年以上、数々のラジオやテレビの番組、舞台に出演し、今も第一線で活躍しています。
「たぶん私は、自分でも想像しなかったくらい強くなったんでしょうね。昔、仕事を始めた頃はこんなに強くなかった。もっといい加減で『やらなきゃ』っていう気持ちはそんなになかったと思います。
私がこの世界に入ったのは、“子どもに上手に絵本を読んであげるお母さんになりたい”と思ってNHKの放送劇団に入ったのがきっかけ。
プロ意識が足りなかったといえば、そうかもしれません。でもだんだんと、沢村貞子さんや渥美清さんをはじめいろんな方たちをそばで見て、何気なくかけてもらった言葉に励まされたり、救われたりして、やっぱり『ちゃんとやらなきゃ』って気持ちが強くなったんでしょうね、きっと。
いろんな方との出会い、そして私にかけてくれたささやかで、大切な言葉があったから何とかここまでやってこられました」(黒柳さん)
中でも印象的なのは、若かりし日の黒柳さんが家族のように親密な時間を過ごした2人の女性とのエピソード。一人が脚本家で小説家の向田邦子さん、もう一人が女優の沢村貞子さんです。

