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僕青・萩原心花、臆病で震えてた自分が雲組で見つけた「私なりの戦い方」

僕青・萩原心花、臆病で震えてた自分が雲組で見つけた「私なりの戦い方」

◆「受かったら絶対に買って帰る」と決めていたお弁当

地元・静岡にいるときは人前に出て注目されるのが本当に嫌いだった。中学時代は仲の良い友達とだけ遊び、なるべく目立たないように過ごしていた。

僕が見たかった青空
「勉強も運動も苦手だから、お昼前にも購買に行ってパンとかポテトを買ってたり、放課後もファストフード店に立ち寄ったり。唯一の楽しみは、食べること。一日5食は食べていたので、当時はかなりぽっちゃりしていました」

彼女は少し恥ずかしそうに笑った。

アイドルに興味を持ったのは、TikTokで見た元乃木坂46・山下美月の切り抜き動画がきっかけだった。「当時は自分がアイドルになれるとは思っていなかったです。そんなことを言う資格のないと思っていたから」。娘の背中を押したのは、母親だった。

僕が見たかった青空
写真右:岩本 理瑚(いわもと りこ)
「お母さんも昔、アイドルになりたかった時期があったらしくて。音楽番組を見ながら、私がひとりで歌って踊っている姿を見て、好きなことに挑戦させたかったのかもしれません。僕青のオーディションを受けるまでに、一緒にダイエットしてくれました」

オーディションには一人で行ったが、会場では「絶対受からない」とずっと震えていた。最終審査で合格と告げられても実感はなかったが、「受かったら絶対に買って帰る」と決めていた高級なお肉が入った弁当の味は今でも忘れていない。

◆泣きながら覚えたデビュー曲「青空について考える」

静岡から上京してからは夢に見た光景が広がっていた。だが、ダンス未経験の彼女にとってすぐに厳しい現実が襲ってきた。基礎練習でターンすらまともにできなかった。泣きながら覚えたデビュー曲「青空について考える」の振り入れ動画は、今もスマホに保存している。

僕が見たかった青空
「初心を忘れちゃいけない気持ちが強いですね。3年経つと初心を忘れそうになるときがあるというか、もともと適当な性格だから投げやりになっちゃうことがあるんです。それはよくないなって思っているので、定期的に当時の写真や動画は見返すようにしてます」

そんな彼女にとって、セカンドシングル「卒業まで」以降の選抜制度導入は、さらなる試練になった。デビューから約半年。常に一緒に活動していたメンバーは「青空組」と「雲組」に分けられ、彼女は雲組に配属された。

僕が見たかった青空
「自分が雲組になったっていう現実が受け入れられなくて、しんどかったですね。雲組のレッスンで(長谷川)稀未ちゃんに励ましてもらって、帰り道には(須永)心海ちゃんと『私たち、どうすればいいのかな』って暗い話ばかりしていました。でも……」

雲組で支え合っていた須永心海や長谷川稀未も青空組に移動していった。「悲しいし、悔しいし、感情のコントロールが上手くできなかった時期もありました」。心が揺れる中で、うちに籠って現状を嘆いていても何も変わらないことに気づいたきっかけにもなった。

僕が見たかった青空
「雲組公演やレッスンで周りのメンバーを見て、素敵だなと思うところは真似したりとか、弱い自分を素直に受け入れられるようになってきたことが大きいと思いますね。性格や考え方が変わったなって思うし、楽曲に対する理解も深まったので」


配信元: 日刊SPA!

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