◆当日身に着けていた服と靴を手放すことに
「思わぬ展開にびっくりしたのか、顔を真っ赤にして、ぶつぶつと文句を言いながらも去っていきました」A子さんが無事でよかった……。とはいえ、なぜ隣席の女性が駆けつけて来れたのだろうか。
「女性に『本当にありがとうございました、助かりました』と、心からのお礼をひとしきり伝えました。すると『あなたが私のほうに寄ってきたあたりから動きが大きくなったでしょ? それで目についたのと、悪臭が私のほうにも漂ってくるようになったんですよね』と教えてくれました。あまりにも動きに悪意があるししつこいし、終演後になにかあったら私が危ないと、男性のうしろをつけてくれていたそうです」
悪い人もいるが、助けの手を差し伸べてくれる人もいる……。
「助けてもらえたことへの感謝と感激は、本当に忘れられないんです。……ただ、あの身動きの取れない空間で攻撃された恐怖もまた忘れられないんです。買ったばかりの服もクリーニングに出してそのままフリマアプリで売ってしまったほど。靴は黒い汚れがついてしまったので、かなり安値でしか売れませんでした。それでもあの記憶が蘇るものが手元にあるのが嫌で。作品はしばらく触れられなかったのですが……最近ようやくちゃんと自宅で視聴できました。最高だったのですが、最高だからこそ『あんなことがなければ劇場で何度も観られたのに』との悔いも消えません」
◆基本のマナーだけ守れば良い
そうして、ガラガラのタイミングにしか映画館へ行けなくなったというA子さん。初日などに行けない代わりに、鑑賞マナーに煩わされることもなくなったそうだ。「マナー警察みたいなことまでは必要ないと思うんですよね。スマホ類の電源を切るとか、ビニールの音を立てないとか、基本的なことを守って観ればいいんじゃないかな、と。和装がどうとか髪型がどうとかの話もあるらしいですが、清潔で過度なニオイや香りがなければ、なんでもいいようには思います。なにより、人を攻撃するのがもってのほか。私のように、恐怖で鑑賞の自由が制限されてしまう人が出ないでほしいと思うばかりです」
かつて芸術は、もっぱら貴族が独占的にたのしむばかりであった。映画館や舞台ならではの臨場感をさまざまな人が味わえるのは、その場にいる人たちと時間と空間を共有しているからこそ。
「邪魔な他者」と思うのではなく、「ともにたのしむ仲間」として互いに配慮をしながら、文化を盛り立てられるのが理想なのだろう。
【鬼怒川庸二】
街角では知り合いに間違われ、飲み屋では酔客に話しかけられる性質を持つ。娑婆の声に耳を傾けているうちに、自然と副業ライターになった。本業もまた別ジャンルの書く仕事。ドッペルゲンガーの報告はこれまで30件超にのぼる

