◆意を決して注意したが…
彼らに悪気はなく、日本語が読めないためにルールを理解できていないだけかもしれない——。そう考えた佐藤さんは、恐怖心を抑えながらも、ごみを捨てる現場で意を決して声をかけた。「あのう、すみません。こんばんは」
しかし、仲間内で談笑していたときとはまるで別人のように、彼らは真顔で無言のまま佐藤さんを見つめ返したという。
「それ、ごみ袋ですよね。夜中に出すといけないそうですよ。カラスや野良猫が来るんです。わかりますか」
返答はなかった。日本語が通じていないのかもしれない。そう判断した佐藤さんは、今度は英語で話しかけた。
「心臓はものすごくバクバクしていました。相手が怒るかもしれないし、言葉も通じるかわからない。かなり怖かったです」
相手は相変わらず一言も発さず、少し首をかしげるような動作をした。その後、彼らの言葉でぼそぼそと何かを呟き、ごみ袋をどさっと置いて、そのまま去っていった。
「エントランスから一緒にエレベーターに乗るのも気まずくて、彼らが先にエレベーターに消えるのを、ただ見ているしかありませんでした」
不適切なごみ出しは、その後もしばらく続いた。そんなある夜、佐藤さんはごみ集積所の近くで、四本足の動物を見かけた。
「最初は犬かと思ったんですが、よく見たらキツネだったんです」
ルールを無視したごみ出しは、カラスや野良猫だけでなく、野生動物までも引き寄せていた。佐藤さんは驚きと同時に、「これは本当にまずい」と感じたという。
ただ、その問題は意外な形で終わりを迎えた。
「駐車場で、私の車の2台隣に止まっていた大きな車が、ある日からなくなったんです。それと同じ頃から、外国語で談笑する声も聞こえなくなりました」
おそらく工事の現場が変わるか、寮として使っていた部屋を引き払ったのだろう。ごみ出しの問題は、注意や管理会社の対応によって解決したというより、“自然消滅”に近い形で収まった。
「正直、ホッとしました。でも、同時にモヤモヤも残りました。もしまた同じことが起きたら、自分が直接注意するのは危ない気もしますし、管理会社や雇い主がちゃんと説明してくれないと、住民同士で揉めるだけだと思いました」
◆身に覚えのないルール違反を疑われて困惑

香港から来日し、京都で暮らす留学生のエンさん(仮名)は、身に覚えのないごみ出しのルール違反を注意されたことがあるという。
エンさんは、来日前から「日本のルールはとても細かい」と聞いていた。そのため、入居時に渡されたごみの分別や曜日、共用部の使い方に関する書類を何度も読み返し、きちんと守るよう徹底していたという。
「特に京都のごみ出しは厳しいと感じました。カラス対策のためか、前夜のうちにごみを出すことは固く禁じられていました」
実際にエンさんも、誰かが夜間に出したごみ袋がカラスに破られ、中身が道路にまで散乱している光景を目撃したことがある。
「だからこそ、自分は絶対にルールを守ろうと思っていました」

