◆深夜の田舎道を走り、避難に成功
宿の前に着くと、誘いはさらにエスカレートする。あまりにもしつこく、こちらも容赦する気がなくなった。「気持ち悪い」「無理」、法を説くようにとどめで「お前みたいな人かわいそう」と言い放った。相手のプライドを正面から踏みにじった自覚はある。その瞬間、男の顔が変わった。怒声が飛んできた。見たことのない形相で、こちらに向かってくる。掴みかかられるのか、殴られるのか──とっさに危険を察知し、外へ飛び出した。
宿の受付カウンターの奥には夜勤のスタッフがいたはずだ。受付に駆け込んでもよかった。だが業務外のトラブルで受け入れ先に迷惑をかけるのも悪い、とそう考えてしまった。滞在中に何度か利用したバーを思い出し、足早に向かう。田舎の深夜は街灯も少なく、本当に真っ暗で、歩いている人なんていない。後ろから男が追いかけてくるのではないか。大人になって初めて、何かから逃げるように走った。
バーに駆け込み、マスターに事情を話した。カウンターに座りながら、ついさっきまで「充実した2週間だったな」と思っていた自分がひどく間抜けに感じられた。
◆後日、男から届いたLINEの内容に唖然
マスターからはこう言われた。「正直、初めて見た時からやばそうな男だと思っていた」「なんで君みたいな普通の子が一緒にいるんだろうと不思議だった」。周囲は男の異様さに気づいていたのだ。店はもう閉店の時間だったが、マスターは鍵を閉めずに、しばらく営業時間を延長。挙句の果てには「何かあったら電話して」と言い、わたしが宿に戻って無事を伝えるまで待っていてくれた。数回しか顔を出していない客のために、ここまで心を砕いてくれる人がいる。マスターの温かさがなかったら、わたしはあの恐怖の夜をどう越えていたかわからない。
翌朝、帰り支度をしながら受け入れ先の責任者に状況を伝えた。今後、同じサービスを通じてやってくる利用者の安全を守るためだ。責任者は真摯に受け止めてくれた。男性はその後も1か月ほど滞在する予定だったため、何らかの注意があったとみられる。少なくとも、この受け入れ先に非はない。
数か月後、サービスのレビュー欄に異変が起きた。あの男性とみられる人物による、受け入れ先への激しい批判が投稿されていたのだ。星1つ。「責任者は女好きで会話中は鼻の下が伸びている」「全国各地を回ってきたが最低ランク」……とまともな大人が書く内容ではなかった。
さらに、LINEで連絡が届くようになる。最初は謝罪だった。返事をせずにいると、数日で内容が変わりはじめた。滞在中に奢った食事代、飲み物代などをすべて遡って返金しろ、という要求に変わったのだ。PayPayの送金リクエストが立て続けに届く。
挙句の果てに、女性の身体のような写真が何枚も送られてきた。開くのも怖く、既読をつけたくなかったので、LINEの一覧画面から長押しで覗いただけだ。送付された写真を確認したのを最後に相手をブロックした。

