◆お腹の命を「モノ」扱いにされた過去

だが小沢さんが社会活動を行うのは、自身の過去の経験によるものだ。
「熊谷9人死傷事故の少し前、2007年8月に私は交通事故に遭いました。私が息子と一緒に乗る車が、後ろから追突されたんです。その事故で私は腹部を強打しました。当時、私は妊娠をしていて、それによって赤ちゃんは亡くなってしまったんです。その後、全身麻酔をして摘出しました。自動車の保険会社の方に言われたのは、『胎児は法律上、モノとして扱われるんです』ということでした。民事裁判の賠償の文脈だったと思います。そのとき、生命の対価ってなんなんだろう――そんなことを考えて虚しく感じました」
法律は冷淡に線引きをするが、お腹に宿った生命をモノで割り切れる日は永劫こない。やっと家族になれたのに……そんな後悔が義理であろうとあるまいと、故人を弔い続ける姿勢につながるのだろう。小沢さんは言う。
「社会には理不尽なことが多いけど、声を上げ続けることは大切だと思う。いずれ法律が変われば、声をあげられない人まで守ってくれる社会が作れるから」
◆ストーカー被害を契機に警察への不信が
鉄の意志で突き進める強い女性――小沢さんにそんなイメージを持つ人がいるかもしれない。だが過去を紐解けば、その誤解は霧散する。彼女の原体験は、社会に不信感を抱き続けたとて何の不思議もないほど過酷なものだ。「19歳で交際し始め、20歳で別れた人から暴力を受けていました。だんだん行動がエスカレートしていき、男性から私の携帯電話に『居場所を教えないなら、おばあちゃんを殺す』とメールが来るようになり、本当に怖い日々を過ごしました。もちろん警察にも相談しましたが、当時は携帯電話のメールは物証にならないと突き返されてしまって……。一度、交番で相談したときは警察官が『俺が止めておくから、逃げていいよ』などと言ってくれましたが、それでも事件化には後ろ向きでした」
自宅は特定されているため、帰ればどんな目に遭うかわからない。そんな恐怖から、小沢さんは友人宅を転々とする日々を過ごした。あるとき、その当時交際していた男性の家に泊まった。朝、インターホンが鳴った。
「彼氏が出ると、元彼が立っていたのです。そして、間髪入れずに殴打されました。彼氏はその場に血を流して倒れ、救急車を呼ぶことになったのです」
だが警察はこの状況を報告しても、「人間、結構頑丈だから殴られても大事には至らないから」などと鷹揚に構え続けたという。潮目が変わったのは彼氏の怪我の具合が深刻であることがわかってからだ。
「彼氏は顎を砕かれていて、手術が必要なほど酷い状態でした。その事実がわかって、やっと警察も動いてくれたのです。私はその日、病院に帰れずに警察の事情聴取を受けました。その後も、事情聴取や現場立ち会いに何日間も通い、捜査のために呼び出されれば何度も同じ説明をしました。気がつけば2週間くらいはまともに寝ることができず、食べられないまま、長時間の事情聴取を受けていました」

