◆「依存症」であることを認めたくなかった
だが、武智は酒をやめることはなかった。通院している限り、3カ月に1回は血液検査を受ける。そのたびに、医師からは「飲んでますよね?」と聞かれた。
「素直に『飲んでます。すみません。次からはやめます』と言うんです。でも、約束を破って酒を飲んだので、3カ月後にまた『飲んでますよね』と聞かれるんですよ。そこで、また『飲んでます。すみません。次からはやめます』と言う。そのやり取りを3〜4年繰り返していました」
当然、医師からはアルコール専門外来への受診を勧められた。にもかかわらず武智は、それを断固として拒否していた。
「自分が依存症であることを認めたくなかったんです。『落ちるところまで落ちている』と思いたくなかった」
γ-GTPは600、中性脂肪は1200。不安症もあり、さまざまな心的ストレスも抱えていた。アルコール依存症になった理由は明らかだったが、それでも専門外来を受診する気にはなれなかった。
「『病棟に入ったほうがいい』とまで言われました。それでも、『仕事ができなくなる』とか『収入がなくなる』とかいろいろと理由をつけて断っていました。でも一番は、自分がそんな末期の状態まで来ていることを認めたくなかったんです。それを認めてしまうと、『お酒をやめなあかんのじゃないか』と思ったんです」
◆映画館で訪れた、猛烈な身体の異変
そんな状態では日常生活を続けるのも難しい。ある日、武智は一人で『鬼滅の刃』を観るため、いつものように二日酔いの状態で映画館を訪れていた。
およそ10年ぶりの映画館。チケットを買い、飲み物を手に席へ向かった直後、異変が起きた。心臓が締め付けられるように痛み、呼吸が苦しくなった。
「ここにおられへん」
そう思い、慌てて劇場の外へ飛び出した。大量の汗が流れ、呼吸は荒い。しばらく休んで再び席につき、映画は最後まで観たものの、症状は収まらなかった。後日、心療内科で告げられた診断名は「パニック症」だった。
「その時、『もう映画すら見られへん体になったんやな』と思ったんですよ。そして、映画館を出た瞬間に『今日からお酒をやめる』と決めました」
これまで健康診断の通知も、家族の声もあった。それでも、やはり体に異変が起きないと、心は折れないのだ。
こうして「眠れなくてもいい」という覚悟のもと、禁酒生活がスタートした。

