あまりに壮大すぎる「成果」設定
行政事業レビューでは、政策の設計図として「ロジックモデル」が用いられています。これは、いわば政策の“レシピ”のようなものです。
「予算(材料)」を使い、「事業(調理)」を行い、「成果(料理)」が生まれ、最終的に「社会がどう変わるか(食べた人の健康)」という理屈を見える化したものです。
しかし現在、このレシピに「インパクト・インフレ」というべきバグが起きています。
象徴的なのが「天然ガスの普及」事業です。たった1つの補助金事業であるにもかかわらず、その最終的な影響(インパクト)として、あろうことか「国全体の温室効果ガス26%削減」という、あまりに巨大な目標が掲げられていました。
温室効果ガスの削減は、国中のあらゆる政策が絡み合ってはじめて達成されるものです。にもかかわらず、単一事業のインパクトを「海全体の浄化」のような規模に設定してしまうと、目の前の「1杯のバケツの水」がどれだけ貢献したのかを測ることは不可能です。
つまり、1つの事業に国全体の目標を背負わせてしまうと、その事業本来の効果が見えなくなります。
このレシピの“誇大広告”が、皮肉にも政策の効果を測定不能にするというワナに陥っているのです。
EBPMの真の価値は「官僚たちの意識改革」にある
ここまで読むと、日本のEBPMは形骸化した不完全な制度のように思えるかもしれません。しかし、政策アナリストの視点からいえば、この不完全さこそが“狙い”でもあります。
行政事業レビューにおけるEBPMの真の価値は、完璧な科学的因果関係を証明することではなく、むしろ「官僚たちの意識改革」にあります。専門家のなかには、これを政策立案の質を高めるための「霞が関改革運動」あるいは「論理的思考のトレーニングジム」と呼ぶ人もいるようです。
「現場の職員がロジックモデルを必死に作り、外部の厳しい視線に晒されながら事業の理屈を整理し直す」というこのプロセス自体が、役所特有のセクショナリズム(縦割り)を打破し、説明責任を果たすための重要な“訓練”として機能しているのです。
たとえ因果関係の証明としては不完全であっても、事業の矛盾に気づき、改善のきっかけを得られるのであれば、それは行政組織にとって極めて前向きな一歩といえます。
