◆「全国模試1位」になったらなったで今度は…
その後も、日向さんの体格が母親に追いつく中学生くらいまでは、日常的に拳を被弾した。だが次第に、日向さんを服従させる方法は、言葉でのコントロールにシフトしていく。「高校受験のとき、『あなたは東大志望だから、筑波大卒の私なんて見下してるんでしょ?』『落ちればいいのに』『子どもの合格を親が喜ばないといけないわけじゃない』と言われたのを覚えています。母はわざと私に学年が上の問題集を買ってきて解かせるのですが、解けてしまうのでそのたびに不機嫌になっていました」
母親が苦労して体得した学力も、もともと学ぶことが好きな日向さんは軽々と飛び越えていく。塾に通うときも母親は「全額免除の特待生を取れたらね」と鼻で笑ったが、日向さんが入塾試験を受けてみると特待生の要件に適合。中学2年生のときには塾の全国模試で1位になった。
実力で屈服させられないもどかしさから、母親は体型について言及する機会が増えた。
「当時、確かに私は現在よりもむちっとしていました。一方、母は自身の体型を誇りにするくらいにはスレンダーでした。小学生時代からダイエットに関するビデオを見せられたり、『あなたのベスト体重は◯キロ』みたいなことを延々言い続けたり、『豚になるわよ』『このジーンズ、履けないでしょ? あなたには』という暴言もあるなど、とにかく私の身体に対する“いじり”は多かったですね」
その後、筑波大附属高校や慶應女子高校、渋谷教育学園幕張高校などの首都圏近郊にある名門校を総なめにし、日向さんは地元の公立高校に進学した。さらに大学受験では東大に合格し、心理学を専攻した。進学に際しては、親族からの金銭的な助力があったという。
◆「手料理」という執着が残した後遺症
日常的に苛烈な暴力や暴言を繰り返す母親にみえる精神的な歪み。だが彼女自身の生育歴に目を向ければ、多少はその原因がみえてきそうだと日向さんは言う。「母は、自分の育った家庭環境と比べて、『あの家よりはまともな環境で育てている』と本気で思っていた可能性が高いと思います。母から聞いた話では、姉からの壮絶な暴力を受けて育ったようです。昔、『膝にアイロンを当てられて、肉が溶けたの』と笑って話していました」
虐待を繰り返しながらも、自らを“よい母親”に位置づけるパラドックス。事実、日向さんの母親にはこんなこだわりがあった。
「母にとっては、『よい母親=手料理をきちんと食べさせる』なんです。我が家は3食必ず手料理で外食をしないのは基本ですが、おやつでさえも彼女の手作りでした。そして、必ず『私はよい母親でしょう?』と確認してくるんです。たぶん、認められたかったのではないかと思います。そうして私にたくさんの手料理を食べさせ、一方で体型についてちくちく攻撃をするという奇妙な構図がありました」
流行のスナック菓子やスイーツも食べたい年頃だが、そうした要望は「私はこんなにやっているのに、感謝が足りない」と一蹴された。母親の手料理という圧力をかけられ続けた結果、日向さんは重大な後遺症に悩まされることになる。
「母の記憶と結びついて、手料理が食べられないんです。外食でないと喉を通らない時期もありました。パートナーになる人には、早い段階から生い立ちを説明して、『手料理が食べられない』と伝えるようにしています」

