達希さんは25歳の頃、ようやく親から離れることができた。しかし、幼少期から受けた続けた虐待の傷跡は深く、今も解離症状やフラッシュバックなどに悩まされている。彼が耐え抜いてきた壮絶な過去と、いまだに抱える両親への複雑な想いを吐露してもらった。

◆両親から受けた壮絶な虐待の数々

さらに、耳の機能は正常なものの、脳に音を伝える神経に障害が起きて音が聞き取りにくくなる「聴覚神経障害スペクトラム(ANSD)」も発症。騒音の中や早口での会話だと言葉が聞き取りにくい。
「短距離の歩行はできますが、ものすごく体力を消耗します。重いものを運んだり細かい作業をしたりすることは困難です、軽度の知的障害もあります」
虐待が日常化したのは、3歳前後。両親から殴る、蹴る、首を絞めるなどの暴力を受けるようになった。「生まれてこなければよかった」「死んでほしい」「家を出るか死ぬか選べ」などと言われたこともあり、ネグレクトも経験したそうだ。
◆教師が信じた、母親の嘘
「食事を与えられなかったり、真冬に外で放置されたりしました。『舌を噛んで死ね』と自殺の練習を強要されることもあって……」思春期特有の反抗など許されるはずもなく、親からは絶対的服従を命じられた。母親からは自慰行為を禁じられ、両睾丸を力いっぱい握ったり、性器に薬品を塗られたりしたこともあったという。
中3の時、意を決して学校に助けを求めるも、教師はみな「あの子の妄想だ」という母親の言葉を信じた。
「学校でも身体的・心理的ないじめを受け、性的な行為の強要もありました。安心できる居場所は、どこにもなかった。自分は、いつまで生きられるのだろうと思っていました」

