「補殺」「刺す」などの野球用語が見直しへ…賛否を呼んだ宮城県高野連の動きが“表面的な言葉狩り”だとは言い切れない理由

「補殺」「刺す」などの野球用語が見直しへ…賛否を呼んだ宮城県高野連の動きが“表面的な言葉狩り”だとは言い切れない理由

◆いじめや体罰、指導者のパワハラ問題にも取り組まなければならない

 だからこそ冒頭で紹介した『体罰の方が先だ』という批判は、この一点において正しいとも言えます。もし「教育上の理由」から言い換えるのであれば、高野連は本腰を入れて、部活動内でのいじめや体罰、指導者のパワハラ問題といった「実態のガバナンス」にも取り組まなければならないからです。表面の言葉だけを綺麗にして、中身の陰湿な構造が放置されるようであれば、ただの「免罪符としての言い換え」になってしまい、画竜点睛を欠くことになりかねないでしょう。

 その点においては、高野連はまだまだ世の中から信頼されているとは言えないからです。

文/石黒隆之

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
配信元: 日刊SPA!

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