◆「原辰徳との三遊間」が話題に
社会人1年目から頭角を現した石毛は、翌年に東京で開催された『世界アマチュア野球選手権大会』の日本代表メンバーにも選出され、遊撃手として10試合に先発出場。チームの準優勝に貢献した。「メンバーには、唯一の学生として原辰徳(東海大学)がいてサードを守っていたんです。私はショートを守っていたのですが、互いに活躍したことでメディアに三遊間のコンビとして取り上げられ、けっこう話題になっていた記憶があります。
それを目にした地元(千葉県旭市)のおじさんたちの間では、『(新聞に出ていた)石毛って、源左衛門(農家だった石毛家の屋号)の次男坊だっぺ?』『すげぇな、おまえのところのせがれは!将来はプロへ行くべな』などとなるわけです(笑)」
◆突然の方針変更に戸惑うも…
社会人2年目は初めて予選を突破して都市対抗にも出場。プロ候補生として、メディアに頻繁に取り上げられていた。石毛の活躍ぶりを知った父親から、こんな連絡が入ったという。「都市対抗が終わった頃だったと思いますが、親父から『話があるから、一旦帰って来い』と連絡があったんです。何かと思ったら、『プロへ行け』と。繰り返しますが、自分はプロへ行く気がなかったですし、『ちょっと待ってくれよ。俺は次男坊だよな。俺が好きなように生きていっていいって言ってたよな?』と改めて確認すると、『確かに言った。でも、おまえがプロで活躍できそうなことを知ったんだ』と。
どうやら、プロになった時に球団から支払われる契約金で、大学の授業料を返してくれないか……みたいな話だったんです。親父にしても、長男として農家を継いだ兄貴も苦労していることは知っていましたし、欲しいものもいろいろあるだろうなと思ったんです。
『わかった。では、俺の言い分も聞いてほしいんだけど、今いるプリンスホテルは西武グループだし、西武ライオンズもあるんだ。西武から指名されたらプロへ行くけど、それ以外の球団であれば、プリンスホテルに残りたいんだ。アマチュアであと8年(計10年)やって、将来は東京プリンスホテルの支配人をやって、あわよくば社長になりたいという思いもあるんだ。それでいいか?』と言ったら、『しょうがねぇな』と渋々納得していました。
こういった話は、職場(東京プリンスホテル)の支配人ともしていました。ホテルマン2年目の自分に対して、『石毛はホテルマンとしての素質がある。十二分に支配人もできるよ』と評価してくれていた一方で、進路も気にかけてくれていたようで、『ところで野球はどうするんだ?』と聞かれたので、『いや、プロに行くつもりはないです。僕はここに残りますよ。ただ、先日実家に帰って親父と話した時にプロへ行けと言われたので、西武に指名された時だけは行くと妥協してきたんです。なので、この先はどうなるかわかりません』と言ったことを覚えています」

