自らについた“強い女性”のイメージを、そう笑って語る黒木メイサ(38歳)。
バイクを颯爽と乗りこなす「かっこいい女性」がぴったりの彼女だが、15歳で沖縄から上京し、ほどなくして主演を務めた、つかこうへい戯曲の舞台『熱海殺人事件・平壌から来た女刑事』では、稽古場のトイレで泣いていたという。

そんな黒木に、デビュー当初のもがきに始まり、ハワイ生活で得たものを含め、今につながるエピソードまでを聞いた。
◆稽古場のトイレで泣いていた、10代のころ
——第一線で活躍中の方の「知られざるB面」をお聞きしています。デビュー当時から振り返って、苦労した時期や、それでも続けてよかったと思えたことなどありましたら教えてください。黒木メイサ(以下、黒木):上京してすぐジャパンアクションクラブに2、3ヶ月ほど通っていたんです。しんどいし、暑いし、当時はなんとなく昭和の香りも残っていたので(笑)。怒鳴り声を飛ばされるような状況の中でアクション練習をしていました。やったことがいつどんな形でプラスになって発揮されるかはわからないけど、それが確実に自分の身になっていて、その後のアクションにもつながったと思います。
——芸歴初期といえば、舞台でもいきなり、つかこうへいさんの『熱海殺人事件』(2004年)で主演を務められました。大きなプレッシャーもあったのでは?
黒木:稽古場のトイレで泣いたりしていました。もう稽古場に戻りたくないと思いながら、どうにか頑張って出て行く状態でしたね。

黒木:当時から、何が辛かったかというと、厳しかったからではないんですよね。求められていることに応えられている自信がないことで、しんどかったんだと思うんです。愛情を持って、時間をかけて力を注いでくださっていることはその頃からわかっていた。でも私にはそれに応えられるものがないという。これ以上、いまの私からは何も出てきませんと……。そのことがしんどかったです。
◆「明日帰ってきなよ」心を軽くした母の一言
——思い通りにいかなかった時代に、「もう辞めたい」と思ったことは?黒木:私は15歳で上京して仕事を始めたのですが、17、18歳くらいの時に「もう帰ろうかな、沖縄戻ろうかな」と思ったことはあります。それで母親に連絡したら、「じゃあチケット取れば。明日帰ってきなよ」みたいに言われて……。その言葉を聞いて、私は「いつでも帰れるんだったら、今本当に帰っちゃっていいのかな。もうちょっとやれるんじゃないか」と思うことができました。

黒木:そして、まだ“頑張れる余白”があったことにも気づきました。そのことがあったので、今でもしんどいなと思った時には、「本当にやばかったら、逃げたかったら別にいつでも逃げられるんだから」と思って、頑張れるようになりました。

