
「東大に受かった」。人生で最も誇らしかったその日は、夫婦にとって希望に満ちた一日でした。しかし数年後、その喜びは思いもよらぬ悩みに変わります。夢を追い続ける息子を応援したい。それでも、定年後の親には守らなければならない老後があります。子どもの夢と親の生活、その線引きはどこにあるのでしょうか。FPの小川洋平氏が解説します。
「息子が東大に受かった!」夫婦が人生で一番誇らしかった日
佐藤武さん(62歳・仮名)は、地方の中小企業で40年以上勤務してきた会社員です。60歳で定年を迎えた後は関連会社へ再就職し、現在の年収は約350万円。妻の由美子さん(60歳・仮名)は、元公務員でしたが、5年前に双方の両親の介護が重なったことから退職し、現在はパートとして家庭を支えています。
二人には、遅くに授かったひとり息子の亮太さん(25歳・仮名)がいます。彼は、夫婦にとって自慢の子どもでした。
亮太さんが小学生だった頃は、近所でも有名なガキ大将。勉強よりも友達と遊ぶことばかりの日々でしたが、中学校へ進学すると一変します。
「この子、どうしてこんなにできがいいんだろう」
持ち前の集中力を発揮し、家ではほとんど勉強していないように見えながらも学年トップクラスの成績を維持。スポーツでも活躍し、親である自分たちが驚くほど。まさに文武両道でした。
高校は地元随一の進学校へ進学し、難関大学を目指す生徒が集まる環境でも上位を維持。ついには、東京大学で理系の学部に現役合格を果たします。
「うちの子が東大だなんて、夢みたいだ」
会社でも近所でも祝福され、武さん夫妻にとってこれほど誇らしい出来事はありません。息子を囲んで豪華な食事で祝杯をあげました。
当時、武さんは55歳。平凡な会社員と公務員夫婦にとって、息子はまさに希望そのものでした。多少仕送りが増えても、学費がかかっても、「将来きっと立派な社会人になってくれる」――そんな期待を胸に、夫婦は迷うことなく息子を支え続けていました。
しかし、その誇らしさは数年後、大きな悩みへと変わっていくことになります。
“自慢の息子”の7年後、とっくに就職しているはずが…
東大へ入学してから7年。同級生たちは大手企業や官公庁、研究機関などへ就職し、それぞれの道を歩み始めていました。その中で、一人だけ学生生活を続けていたのが、亮太さんでした。
きっかけは大学時代、友人に誘われて訪れたサーキットでした。初めて見たレースの迫力に心を奪われ、そしてベテランドライバーの横に同乗させてもらったことがきっかけで、自らも競技へ挑戦するようになります。
奨学金を利用して中古車を購入し、アルバイト代は改造費やタイヤ代、遠征費、大会参加費へ。授業は次第に欠席が増え、大学よりもアルバイトでお金を稼ぎ、練習場の小さなサーキットへ通う日々が続きました。
亮太さんは幼い頃から何事も吸収が早く、車の運転でも驚異的な集中力を発揮。学生ながら公式競技で好成績を残すように。しかし、それは同時に大学卒業が遠のくことも意味していました。大学2年生から授業を休みがちになり、単位を取得できず卒業のめどはたっていません。
「いったいいつまで学生をやるつもりなんだ。頼むから卒業してくれ」
武さんがそう言っても、「ごめん、あともう少しだけ」 。亮太さんは決まってそう答えます。
その「もう少し」が1年、また1年と積み重なり、気付けば入学から7年が過ぎていたのです。
