「500万円の出所」が争点に
吉田課長「でも、父は原告名義の預貯金を一部解約したんですよね」
はい。約382万円分を解約しています(下記2.(9)②ハa)。しかし、これでは自宅隣接地の購入に必要だった手付金500万円(前掲2.(6))には足りません。
そこで亡乙は、解約した約382万円のうち一部を現金で払い戻し、残りを自身名義の普通預金口座へ入金しました。そのうえで、亡乙名義の普通預金口座から500万円を出金し、原告に渡したのです(下記2.(9)②ハa・b)。
原告名義の預貯金は他にもありましたが、解約しませんでした(上記2.(9)③ハb)。ここで、「なぜ解約しなかったのか?」という疑問が生じます。
もし亡乙が、500万円以上の手取りになる原告名義の預貯金を解約し、そのまま原告へ渡していたなら、税務署の受け止め方は少し違っていたのではないかと思います。
また、「この預貯金は預かり物である」という自覚は、贈与したすべての相続人とその子ども名義の預貯金に一貫して反映されていなければなりません。本件では、亡乙にその自覚が徹底していなかったことが、敗因であると考えられます。
2.親族名義預貯金の帰属に関する裁判例
(9)原告の主張と、東京地裁による事実認定、結論
①原告の主張
イ.亡乙は原告に対して、昭和55年頃から毎年、贈与税の非課税枠の範囲内で贈与する旨を約束をしており、その贈与契約に基づいて原告ら名義の本件申告預貯金が預け入れられた。したがって、これらは贈与の履行である。
この場合、預入額は贈与税の基礎控除額(60万円、平成13年以降は110万円)以内であるため、贈与税は課税されない。
ロ.自宅隣接地の購入に際し、亡乙から500万円を受け取ったことについては、原告が亡乙に相談したところ、亡乙は原告名義の定期預金を事前に解約して準備し、平成14年6月3日に500数十万円を帰省した原告へ渡した。
②東京地裁による事実認定
イ.亡乙の行為について
a.亡乙は相続税対策として、毎年のように、贈与税の非課税枠内で、原告ら親族名義で預貯金の預け入れを行っていた。
b.本件申告預貯金等に係る口座はいずれも、亡乙自身の財産を原資として開設されたものである。
c.2.(5)~(7)の事実
ロ.原告(長女)、丁(長男)の行為について
a.平成11年の名義・住所変更手続き以前、原告ら名義の預貯金の全容を正確に把握していたとはいえない。
b.丁(長男)が亡乙の生前に本件申告預貯金等の存在を認識していたと認めるに足りる証拠はない。
ハ.①ロ.の500万円の出所について
a.平成14年5月2日と20日に解約された原告名義の預金は合計382万9,498円(前者:72万7,948円。現金払い戻し、後者:310万1,550円。亡乙名義の普通貯金口座に入金)であり、500万円には届かない。
b.平成14年6月3日に亡乙名義の普通預金口座から出金された金額、および翌日に原告名義口座へ入金された金額はいずれも500万円である。
ニ.贈与契約書
本件申告預貯金等を贈与する旨の書面は作成されていない。
贈与があったか否かを判断するポイント
吉田課長「ほかにも、贈与があったか否かを判断するポイントはありますか?」
あります。それが、③預貯金証書の保管状況と、④その後の登録印の保管状況の確認です(前掲2.(7)(8))。
亡乙は、他の相続人や孫名義の本件申告預貯金等をすべて自ら保管していました。当時はネット銀行がありませんので、預貯金の預け入れや解約は、預貯金証書と登録印を使って行います。
このように、「預貯金証書と登録印の実質的な支配者は誰か」という点も、贈与が成立していたかどうかを判断する重要な判断材料になるということです。
なお、裁判所は、原告が本当に贈与を受けていたと認識していたかどうかについて、平成11年の名義・住所変更手続き以前は、原告ら名義の預貯金の全容を正確に把握していなかったと判断しています(前掲2.(9)②ロa)。
つまり、原告は「どれだけの預貯金が、どのような経緯で作られていたのか(=贈与を受けていたのか)」を完全には説明できなかったということです。
丁(長男)についても同様で、丁自身とその子ども名義の本件申告預貯金等が存在していたにもかかわらず、裁判所は丁がその存在を知らなかったと認定しています(前掲2.(9)②ロb)。
親族間の贈与は曖昧になりやすいため、贈与の事実を明確にする方法として「贈与契約書」の作成があります。
本件では、亡乙から原告ら親族への本件申告預貯金等の移転に際し、贈与契約書が作成されていませんでした。裁判所はこれを、贈与があったと認められない理由の一つとしています(前掲2.(9)②ニ)。
吉田課長「なるほど。よくわかりました」
