
そんな大島が、自身も子どもと一緒に夢中になっていたという人気アニメシリーズ「パウ・パトロール」の劇場版第3弾、『パウ・パトロール ザ・ダイノ・ムービー』に日本語版キャストとして参加した。
◆自分自身で抱えてしまったグループ時代の足かせ
——第一線で活躍中の方に、キャリア転換期のご苦労などを伺っています。以前、大島さんのキャリア転換期にあたる『紙の月』出演の際にお話を伺いました。大島優子(以下、大島):ちょうどグループを卒業したての時ですね。
——傍から見ていると、女優業に軸を移したその時期から、すぐに成功されていった印象です。でもそうした時期も実は葛藤を抱えていたとか。
大島:どうしてもぬぐえないイメージがあったんです。笑顔でキラキラして踊っているイメージを、多分自分自身が一番強く持っていたのだと思います。自分がそう見ていたから、何か不完全だったんですよね。女優を生業にするには「まだだ」という足かせを、自分自身に感じていました。
——頑張ってきたからこそ……。
大島:そうなんです。皮肉だなと思います。でも、それが自分にとっての正解の道だったとも思うんです。

大島:私はアイドルになりたいと思っていたわけではなくて、アイドルになりました。もともと女優をやりたかったけど、一回アイドルの道に行って、アイドルになれた。そして、そこからまた女優に戻った。この道が、自分にとってはある意味正解だったなと。ちょっと遠回りしたなとは感じますが、よかったと思っています。
◆「好きだったお芝居を……」卒業後のモヤモヤ
——30代に入られてからお話を伺った際には、20代は「自分の中での修行期間」だったと振り返っていらっしゃいました。20代の最後には留学もされています。大島:29歳の時にアメリカに語学留学をしました。
——それは、修行期間の締めくくりとして、ご自身をあえてさらに追い込んだのでしょうか。
大島:追い込んだというよりも……。グループを卒業して26歳になり、そこから3年間、ずっとモヤモヤしながら仕事をしていました。「なんか、どうなの自分?」と思ったまま、たくさん仕事をしていて。とにかくお芝居は場数を踏めば上手くなるんだと思いながら。でも、やればやるほど、好きだったお芝居をどんどん嫌いになっていくような感覚になってしまって、一度離れようと思ったんです。
——お仕事から一度離れようと。
大島:次に自分が一番やりたいこと、好きなことは何だろうと考えたら、「英語を喋りたい」と。それで語学留学を決意しました。思い切って環境を変えてみて改めて気づかされたのが、戻ってきてもいい人間だと知れたことでした。

