◆「未来からの留学生」慶應SFC的な“万能感”とは
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そして、これこそがいかにもSFC的なのです。
SFCの入学式では、お決まりのフレーズがあります。「未来からの留学生の皆さん、SFCへようこそ」というもの。いまここにいるあなたたちはすでに未来の世界(新しい正解)を知っている存在であり、そこから現代社会を修復し、改善するためにSFCへやってきたのです、という意味です。
つまり、いまの時代や社会を不完全であるという仮定のもとに、神の視点で俯瞰し、批評し、解体し、未来の世界をハッピーにするための処方箋を与える使命を担っているのだと告げられるのです。対処すべき課題が山積しているいまの時代に対するアンサーを持つ存在としての、「未来からの留学生」というストーリーを入学当初から植え付けられるわけです。この、ある種の選民思想を是とするコンセプトのもとで、学生一人ひとりが主人公として振る舞うストーリーをプレゼンするトレーニングを受ける。
「新入社員のくせに重役のような口の利き方をする」のは、決してSFC生が生意気で世間知らずだからではなく、そもそもこのようなお墨付きを与えられている存在であるからだと言えるでしょう。
そして、雑多な生活感溢れる市街地から隔離されたキャンパスは、鴨池や芝生などが人工的に配置された自然環境と最先端のコンピューティングシステムがシームレスに融合されている。そこは、選ばれし人間にとって「良き」もの以外は存在しない、清潔さと明るさが支配している自己肯定の王国なのです。
この無菌室のような純度の高い善性によって、意識の高さがとことん先鋭化されたソリューション思考を生む土壌になっているのではないか。
筆者が在学していた当時から、感じていた懸念でもあります。
だから、折田氏に対する世間の反感、より正確に言うならば、警戒感の一端は、もしかしたらSFC的なるものに象徴される環境によって増幅したものなのかもしれないとも思うのです。
それは、折田氏個人への感情というよりは、ノイズを排除して、ひたすらに利益と社会正義へと猛進していく風潮に漠然とした不安を抱く、無意識のアラートと捉えるべきものなのでしょう。
その意味で、折田楓氏という存在は、ただの政治的なスキャンダル以上に、いまという時代にクリティカルな問いを投げ掛けていると言えるのです。
現代において、彼女は決して独特な人物だとは思えないからです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4

