串とサワーと、夜の入口

カウンターの奥から、やさしい声が飛んでくる。「何本からでも大丈夫ですよ」
手描きのホワイトボードを前に、どれにしようか迷っていたら、奥さんが大将おすすめの“10本セット”をそっと教えてくれた。あれもこれもと悩むなら、まずはそれをシェアしてみるのもいい。

この日は、ねぎま(タレ)、キモ(タレ)、ささみ(塩)、皮(塩)を注文。火の入り具合がちょうどよく、表面は香ばしくて中はしっとり。タレの甘みと炭の香りが重なって、一本一本にちゃんと物語がある。
特に印象的だったのは、キモ。臭みがまったくなく、血の重さもない。新鮮なうちに丁寧に下処理されているのがわかる。

そして鳥刺し。選びきれずに、ささみと肝の二種盛りを。ささみは、醤油とわさびでキリッと清らかに。肝は、ごま油と塩でとろりと濃厚に。どちらも酒がするする進んでいく。
瓶ビールを飲み干したあとには、名物の「梅干しサワー」を。大きな梅干しがごろんと沈み、酸っぱさの中にどこか懐かしさがある。喉だけでなく、気持ちまでスッとほどけていくような一杯だった。
にじみ出す“ふたりの素”

かん八のおもしろさは、味だけじゃない。この店には、ふたりの“私情”がちゃんとにじみ出ている。
店内の壁には地下アイドルのポスター。テレビからは洋楽バンドのライブ映像。焼き鳥屋らしからぬこの風景が、不思議と落ち着くのは、ふたりが音楽を通じて出会ったという背景があるからかもしれない。

そして、ホワイトボードの隣には、奥さん手描きの“本日のイラスト”。その日は偶然「串の日」だったようで、店主がサイリウムのカラフル串を両手に持って踊っている、なんともゆるい絵が描かれていた。このイラストは、毎日SNSに投稿している。隠れファンも多く、日替わりで店の気配を楽しみにしている人も少なくない。
母から引き継いだ火とタレに、自分たちの“素”を重ねていく。それがこの店の、いまの味と空気になっている。
