〜きょう、美術館寄って帰ろう? Vol.01〜
夜の国立新美術館は、それだけで特別
夜の国立新美術館
六本木の街が夕暮れから夜へと移り変わるころ、ガラス張りの国立新美術館はやわらかな光をまとい、昼間とはまた違う表情を見せてくれます。
館内には床から天井までの「光壁」があり、蛍光灯のオレンジ色の光が行灯のようなやさしい雰囲気を演出します。
実際に夜の時間帯に訪れてみると、その言葉どおり、広々とした建築空間がどこか静かで、自然と気持ちが切り替わっていくのを感じました。
金・土曜の夜は比較的ゆったりと展示を見やすい“穴場の時間帯”。
人の流れが落ち着いた空間で作品に向き合えるのは、夜ならではの贅沢です。
今回の展覧会は映像作品も多いため、滞在時間は2時間ほどあると充実した鑑賞体験になりそう。
仕事終わりにすべてを完璧に見ようと気負わず、自分のペースで回れるのも、夜の美術館のよさだと思います。
“常識をくつがえした”90年代英国アートを体感
「テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」入り口
本展の舞台となるのは、サッチャー政権時代を経た緊張感のある英国社会。
そうした空気のなかで登場したのが、既存の美術の枠組みを問い直し、絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーションなど多様な手法で表現を切り開いたアーティストたちでした。
いわゆる「YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)※」とその同時代の作家たちです。
※YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)とは
1980年代末から90年代の英国で台頭した若手作家たちの呼称です。1988年にダミアン・ハーストが企画した「フリーズ」展を大きな契機として広まり、既存の枠にとらわれない自由で実験的な表現によって、英国アートを世界的な注目へ導きました。
ダミアン・ハースト、トレイシー・エミン、スティーヴ・マックイーン、ルベイナ・ヒミド、ジュリアン・オピー、ヴォルフガング・ティルマンスら。
いま振り返れば“スター”とも言える名前がずらりと並びます。
展示は6つのテーマで構成されていて、たとえば都市のイメージ、クラブカルチャー、家という個人的空間、現代医学、日常のなかの素材など、90年代の英国社会と密接につながる視点から作品が紹介されます。
章をつなぐ重要作としてブラック・オーディオ・フィルム・コレクティヴ《ハンズワースの歌》、トレイシー・エミン《なぜ私はダンサーにならなかったのか》、スティーヴ・マックイーン《熊》、コーネリア・パーカー《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》、マーク・ウォリンジャー《王国への入り口》が挙げられています。
実際に会場を歩いてみると、まず目を奪われるのが、巨大な視線がこちらを見返してくるような迫力ある作品群。
ギルバート&ジョージ 《裸の目》 1994年 ⓒ Gilbert & George
ダミアン・ハースト 《後天的な回避不能》 1991年 ⓒ Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2025
挑発的で、少し不穏で、それでいて妙にスタイリッシュ。ガラスケースのなかに閉じ込められた空間、天井から吊られた旗、爆発の瞬間を空間に固定したようなインスタレーション、ロンドンの地下鉄路線図を思わせる《おおぐま座》など、展示室ごとに空気ががらりと変わっていきます。
作品の形式もスケールもばらばらなのに、全体を通して感じるのは、「アートはもっと自由で、もっと社会に接続していい」という90年代の熱です。
コーネリア・パーカー 《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》 1991年 ⓒ Cornelia Parker. Courtesy Frith Street Gallery
とくに印象的だったのは、作品が“美術館の中だけで完結していない”こと。
音楽、ファッション、ストリート、政治、ジェンダー、都市の空気――そうしたものが作品の背後に濃く流れていて、ただきれいなものを見る展覧会とは違う、時代そのものに触れるような感覚がありました。
シーマス・ニコルソン《オリ》1999年
今回の展覧会にはクラブカルチャーに焦点を当てた作品があり、展覧会の内容と東京の夜の楽しみがリンクしています。仕事帰りの六本木でこの展覧会を見る体験自体が、作品世界と呼応しているように思えます。
