山梨県のキャンプ場で2019年9月、小学1年生の小倉美咲ちゃん(当時7歳)が行方不明になった。
母・とも子さんは、6年の月日が経った2025年、「過去に区切りをつける」として現地で植樹をおこなった。
それでも、過去のものにできないのが、誹謗中傷との戦いだ。「我が子を殺した犯人」と扱われ、陰謀論めいた荒唐無稽な発信に長らく苦しめられてきた。
中傷の中心人物に損害賠償を求めて提訴したが、訴訟の途中だった2023年、相手の男は死亡。その後、とも子さんは相続権のある血縁者らを相手に裁判を続けている。
「心の傷は残る」。とも子さんに詳しく聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●中傷犯は「自作自演」までしていた
美咲ちゃんと暮らした千葉県の自宅で、とも子さんは中傷を浴びせられた日々を振り返る。

行方不明の直後から、SNSやネット掲示板で中傷が始まった。
「一番ひどかったのは、ブログを書いていた70代の男でした。家族の心をバラバラにされました」
「募金詐欺」「人身売買・臓器売買した」といった悪質なデマが繰り返され、関係のない長女や夫のことまで晒された。その影響をうけ、数々の人間が中傷に加担していった。
投稿を見つけるたび、証拠のスクリーンショットを残した結果、愛する家族やペットの写真ばかりだったスマホのカメラロールは中傷の投稿だらけになった。

発信者情報の開示請求で、ブログを書いていた男は、複数の投稿者を装っていたこともわかった。
「男は掲示板で1人5役を演じていました。別人を演じて書いた投稿をもとに、『こんなことが書かれていた』とまたブログを書いていたのです」
家族の生活はズタズタにされた。
「いつか美咲が見つかり、長女が成長したとき、投稿を目に入れさせたくなかったんです。どうしようもない人間に執着されて、私たち家族の人生は壊されました。家族のためにも、裁判で決着をつける必要がありました」
●「法律があっても自分が法律だ」
誹謗中傷から約2年後の2021年12月、千葉地裁は、ブログ「怨霊の憑依」を運営していた野上幸雄の名誉毀損罪の成立を認め、懲役1年6カ月・執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。東京高裁もこれを支持し、判決は確定している。
だが、野上は一貫して非を認めなかった。話が通じない、とも言える。
千葉県警の取り調べ調書によると、野上は30代から「霊媒師」を名乗って活動し、のちに未解決事件をブログで取り上げるようになった。
美咲ちゃんの失踪についても、早い段階から「母親が怪しい」と書き立てた。
捜査機関の取り調べで語った言葉からは、野上がいくら「デマ」や「虚偽」を指摘されても、それを受け入れようとしない人物像がうかがえる。次のような発言も残されている。
「(ブログの)内容が核心的なことであれば、嫌がらせや妨害をうけるという自分なりの判断基準があり」
「私の信念は、正義は見て見ぬふりをするな 法律があっても自分が法律だ」

刑事裁判の法廷でも謝罪はなく、理解に苦しむ主張を繰り返した。傍聴席で、とも子さんはメモを取る手を途中で止めたという。

