1989年(昭和64年)1月7日、新元号「平成」の発表に注目が集まってから37年の歳月が過ぎた。
時代は令和へと移り、令和8年を迎えた現在に至ってもなお、国が明らかにしていない事実がある。
弁護士ドットコムニュースが、「平成」および「令和」に改元された経緯に関する文書の開示を請求したところ、今もなお、「平成」の考案者の名前が伏せられたままだった。
●昨年10〜11月、平成と令和の選定文書を開示請求
弁護士ドットコムニュースは2025年10月から11月にかけて、「平成」と「令和」に改元した際の事務手続きや元号の選定過程などに関する行政文書について、それぞれ内閣府に開示請求した。
その結果、昨年12月から今年2月にかけて、内閣府から関連文書が開示された。
「平成」は1989(昭和64)年1月7日、昭和天皇の崩御を受けて決定された。
今回入手した行政文書によると、この日、竹下登内閣のもとで政府は、新元号の選定から閣議決定までのすべての手続きをわずか一日で終えたようだ。
考案者から候補名の提出を受け、正午過ぎには内閣官房長官が内閣法制局長官から意見を聴取。午後1時には、総理大臣官邸の大食堂で「元号に関する懇談会」が開かれた。

出席したのは次の8人で、マスコミや学術などの各界を代表する顔ぶれだった。
・池田芳蔵・日本放送協会会長
・久保亮五・文化勲章受賞者(統計力学)
・小林与三次・日本新聞協会会長
・中川順・日本民間放送連盟会長
・中村元・文化勲章受賞者(インド哲学)
・西原春夫・日本私立大学団体連合会会長
・縫田曄子・婦人有識者
・森亘・国立大学協会会長
●平成の出典は「史記」と「書経」
開示された文書によると、この後、衆参両院の正副議長4人への意見聴取を経て、午後1時40分から全閣僚会議が開催された。
内閣総理大臣をはじめ全大臣が出席する中、新元号の原案について協議し、閣議で「元号を改める政令」が決定された。
政令は1月7日に公布され、翌8日から施行。同時に、読み方を「へいせい」と定める内閣告示も閣議で決定された。
「平成」の出典は、『史記』の五帝本紀と『書経』の大禹謨(だいうぼ)にある「内平かに外成る(史記)地平かに天成る(書経)」とされる。


