最後の映像で見える、制作の執念
会場の最後には、ミュエクの制作過程を記録した2本の映像作品も用意されています。段状のベンチが設けられているため、腰を落ち着けて見やすい空間になっているのも嬉しいところです。時間に余裕があれば、ぜひここまでじっくり見ておきたい内容です。
ゴーティエ・ドゥブロンド 《チキン/マン》 2019-2025年 ハイビジョン・ビデオ
完成した作品だけを見ていると、あまりのリアリティに圧倒されますが、映像を見ることで、その裏側にある膨大な手仕事と時間が見えてきます。小さなスケッチから始まり、粘土や型取り、彩色、髪や肌の質感の調整まで、作品は一気に生まれるのではなく、少しずつ身体を与えられていきます。
とくに《チキン/マン》では、展示室で見た作品がどのように制作されていくのかを追うことができます。男性とニワトリが向かい合う、あの奇妙で緊張感のある場面が、どれほど細かな観察と手作業の積み重ねによって生まれているのかが伝わってきます。ミュエクは多くを語る作家ではありませんが、制作過程の映像を通して、彼が人間の身体や表情、そしてそこに宿る感情をどれほど慎重に形にしているのかが見えてきます。
ロン・ミュエク 《チキン/マン》 2019年、所蔵:クライストチャーチ・アートギャラリー/テ・プナ・オ・ワイウェトゥ(ニュージーランド)
人間を見ることは、自分を見ることでもある
ロン・ミュエクの彫刻は、人間を美化しません。しわも、たるみも、不安も、疲れも、孤独も、そのまま身体に刻み込みます。けれども、それは冷たい観察ではありません。むしろ、弱く、迷い、老い、死に向かう存在としての人間を、深く見つめるまなざしがあります。
ロン・ミュエク 《エンジェル》 1997年、個人蔵
会場を出るころ、私たちは作品を見ていたはずなのに、いつの間にか自分自身の身体や人生を見つめ返していることに気づきます。巨大な身体、小さな身体、眠る身体、漂う身体、そして頭蓋骨の群れ。そこにあるのは、特別な誰かではなく、私たち自身の姿です。
「ロン・ミュエク」展は、圧倒的な写実性で驚かせる展覧会でありながら、その本質はもっと静かなところにあります。人間とは何か。生きるとは何か。他者を見るとはどういうことか。森美術館の空間で、私たちは巨大な沈黙の前に立ち尽くすことになります。
