③展示拒否にもめげない!自前で「個展」を開いたギュスターヴ・クールベ
ギュスターヴ・クールベ《出会い(こんにちは、クールベさん)》, Public domain, via Wikimedia Commons.
19世紀フランスの画家ギュスターヴ ・クールベは、当時の美術界の「当たり前」に反抗した異端児でした。徹底して現実社会を見つめた彼は、「天使など見たことがないから描かない」と言って暗に宗教画を批判。理想の美しさを目指した美術界に、都合の悪い現実を突きつける存在でした。
なまじ画力は高いため、絵を展示すれば必ず人の目に留まったクールベ。権威に好まれる絵を描くようアドバイスする人もいましたが、「知らねー、俺は描きたいもん描くわ」と言わんばかりに突っ走りました。
ギュスターヴ・クールベ《画家のアトリエ》, Public domain, via Wikimedia Commons.
ところが、1855年のパリ万博に13点を出品したのに、審査を通過したのは11点。自信のあった大作2点に限って落選となりました。それが彼の代表作として知られる《画家のアトリエ》と《オルナンの埋葬》です。
《画家のアトリエ》は、絵を描くクールベを真ん中に、右側にエリート階級の人々、左側に農民など故郷を象徴する人々を描いた作品。画中のクールベは、ヌードモデルを目の前にしながらも風景画を描いています。
ギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》, Public domain, via Wikimedia Commons.
《オルナンの埋葬》に描かれるのは、故郷の田舎における葬儀の様子。キリストなどではなく、一般人の葬儀の場面です。
この2点は横幅約6メートルに近い大作で、落選の理由もそこにあったようです。当時、大きなキャンバスに描くのは宗教や神話の絵画だ、と相場が決まっていました。
一般の人々の絵は小品なら良いけど、ここまで大きなキャンバスに描くべきものではない!という固定化された常識があり、2点の大作は受け入れられなかったのでしょう。
ギュスターヴ・クールベ《画家のアトリエ》(部分), Public domain, via Wikimedia Commons.
しかし、そこでへこたれないのがクールベという男。万博会場の近くに自費で仮設小屋を建て、自分の絵を見せる展覧会を勝手に始めてしまいました。公募がダメなら自分で展覧会を作ってしまえ! というわけです。この展覧会は「世界初の個展」とされています。
偉い人にすり寄った絵を描くか、展示を諦めるか。
その2択しかなかったはずなのに、クールベは「自ら展覧会を作る」という新たな選択肢を開拓してみせました。真っ向から権威に刃向かい、現代なら日夜SNSを騒がせたであろう画家。同じ時代を生きた人は、話題に事欠かなくて楽しかっただろうな…。
芸術家はダメ出しへの対応も個性的?
レンブラント・ファン・レイン《63歳の自画像》, Public domain, via Wikimedia Commons.
もちろん、注文主の意向に沿うよう自作を修正した芸術家も大勢いると思います。ですが、歴史に名を残した芸術家には、何がなんでも信念を曲げずに貫くタイプが多いような…。そんな彼らだからこそ、「歴史を作る」ことができたのかもしれません。
今では傑作として知られる美術品にも、知られざるヒストリーはつきものです。「ダメ出し」に注目して美術史を紐解いていくのも、面白いのではないでしょうか?
