手放したくない
瑠美さんはうつむき、今にも泣き出しそうに肩をふるわせた。しかし、またパッと顔を上げると、彼女はゆっくりと話し始めた。
「さっき…すごい生意気なこと言ったと思うんです。"一人でもライを育てられる"って。でも本当は、離婚した後すぐは、ライのことを児童施設にあずけようかって思ってたんですよね…」
「え…?」
「たよれる親もいない…高校中退して、夜の仕事しかしてこなかった私が、一人で子ども育てるなんて…絶対ムリだって、自暴自棄になってたんです」
当時で言うと、瑠美さんは20歳。不安になるのは当然だ。私だって、同じ状況だったら不安でしかないだろう。
「でも、施設探しとか手つづきとかしてるうちに、なんか、"イヤだっ"て感情があふれてきて…。この子を手放したくないなって、急に覚悟が決まったんです」
「そうだったんですね…」
「そんな時、彼氏に出会って…家と少しの生活費は助けてあげるからって約束で、今の関係になったんです。こんなの良くないって分ってます。でも、当時の私には、ライを守る道がそれしか思いうかばなくて…」
おせっかいの未来
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「話してくれて、ありがとう。でも、ライくんとの時間は大切にしてほしい。そのために、私にもできることがあったら言ってください」
「…はい」
瑠美さんは弱々しくも、うれしそうな微笑を向けてくれた。
「そういえば…夫の職場で人が足りてないって話をしてたから…相談してみます。福利厚生もいいから、住宅も安く住めますよ。あと、ひとり親家庭を支援してくれる制度もあるので、一度、一緒に役所に相談しに行きましょう」
「え…本当ですか」
彼女は彼女なりの覚悟で、ライくんを思っていた。そのことが知れただけでも、私は氷川家におせっかいをして良かったと思う。
その後、瑠美さんは私の夫の職場で就職が決まった。愛人とはきっぱりと関係を切り、まじめに、コツコツとがんばっている。彼女の覚悟が本物だったことがよくわかった。
ライくんが中学生に上がった現在…いそがしいことに変わりはないが、瑠美さんも確実に家にいる時間がふえたようだ。
実は、瑠美さんが夫の会社に就職した時に引っ越したので、もう、「おトナリさん」ではない。でも、時々、わが家に顔を見せにきてくれる氷川親子は、今、とてもしあわせそうに笑っている。

