孤独な当事者を支える可能性
一方で、AIが果たした役割を肯定的に捉える声も寄せられた。
「これまで誰にも言えず、苦しんだ子どもがどれだけいたのだろう。技術が痛みに寄り添い、行動への勇気をくれる」
これらの声が指摘するのは、AIが「相談相手を持てない人の入口」として機能するという現実だ。親や教師に相談しにくい状況、「言っても無駄」という無力感、孤立した当事者にとって、ChatGPTは24時間即座に応答し、感情的に寄り添いながら具体的な選択肢を提示してくれる。
「阿部さんのお嬢さん、ChatGPTに相談してたのか。そういうところにもChatGPTが使われる時代なんですね。何かあったときにChatGPTに相談しようって、選択肢のひとつとなりました」
生成AIが「相談窓口」として機能し始めていることは、否定できない現実としてある。
AIリテラシーが問われる時代
事件前に公開された動画には示唆的な場面がある。日テレスポーツが2025年6月25日に公開した動画で、阿部前監督は「ゆとりとか悟りとか、そんなのはうちにはないんでね。ダメなことはしっかり怒る“ド昭和“でやってます」とジョークを交えつつ語っていた。
もちろんこのコメントはリップサービスで、代読された手紙の中で長女は「父はいつも陽気で、私とはだじゃれを言い合い、笑い合う中で一緒に食事に出かけたりするなど、通常の家族として交流しています」とつづっている。
「令和の時代、『AIがこう言うのだから私の行動は間違っていない』と主張する人が増えそうで恐ろしいです。AI教育は『AIの有効活用方法』と同じぐらい『AIとの向き合い方』を進めていく必要がありますね」
この指摘が示す課題は二つだ。一つは、AIの回答を「正解」として無条件に受け入れない批判的思考力を持つこと。もう一つは、AIの回答に従って行動した場合、その先にどのような社会的・法的・人間関係的な帰結が起きうるかを、行動前に想像できるかということだ。ChatGPTは「こう行動した場合に何が起きるか」を自動的には教えてくれない。それを推測し判断するのは、あくまで人間の側の責任だ。
こうした意識の需要はデータにも表れている。教育のITサービスを提供するHanjiが2025年9〜10月に高校生の子を持つ保護者222人を対象に実施したアンケートによると、日常的にAIを使う保護者の91%が高校生の学習での活用に前向きと回答した。一方で86%が「懸念点への対策も期待する」と答えており、活用の推進と同時に、フィルタリング機能の整備(52.6%)や「自分で考えることを優先させる」指導(54.3%)といった対策を求める声も大きい。AIの普及が進む中で、「使い方」だけでなく「判断力」の教育が求められているという実態は、保護者側からも要望の声が強いと言っていい。
「そういうところにもChatGPTが使われる時代」は、AIが単なるツールを超え、人生上の重大な判断の入口に関与し始めていることを意味している。今回の事件が問いかけるのは、「AIを使ったことの是非」でも「AIの回答の正否」でもない。AIの案内に従って連絡した先の制度が、当事者の意思確認のないまま動き出したとき——その連鎖を、利用者はどこまで想定できるか、という問いだ。長女自身が「警察が来て一番驚いたのは自分」と語ったこの事実は、AIリテラシー教育が「AIの使い方」だけでなく、「AIを起点に動く社会制度の仕組みを知ること」まで射程に入れる必要があることを示しているのかもしれない。

