猫がいるから、そこが帰るべきところになる

本邦初公開のキリグの生活スペース。ご飯とお水、爪とぎとおトイレ。爪とぎの左にあるリモートカメラでキリグの様子を外から見守るのだとか。
−−キリグから見た、井上さんってどんな人だと思います?
井上:「しょうがないやつ」だと感じていると思います。私が世話をしているのではなく、キリグに世話をしてもらってる感覚あります。眠るときは毎晩、腕枕で寝てくれて。ぬくもりが恋しくなったら寄ってきて、「なでろ」って要求して。昼間はよく、へそ天で、大の字で寝ています。
−−反対に、井上さんから見たキリグは?
井上:親のようでもあり、息子のようでもあり、一緒に本を作る“共犯者”でもある。画家のフリーダ・カーロにとってのディエゴ・リベラのような感覚が一番近いですね。フリーダは、「ディエゴは始まりであり、私の子であり、恋人であり、画家であり、夫であり……私でもあり、宇宙だ」と表現しています。すべての側面を持っているし、どのようにも変化する。そこが、私から見たキリグへのイメージと重なります。
例えば、風邪でダウンした日、もし一人だったら、何もできなかっただけの一日になるかもしれないけど、キリグがいてくれるだけで、キリグと過ごした一日になる。ずっと一緒に居られたねって思えると、すべてプラスに変わっていく。それがすごいなって思います。
−−井上さんにとって、キリグはどんな存在ですか。
井上:「錨(いかり)」かな。キリグがいるところが母港という感覚です。旅行で離ればなれになっているときとか、毎日テレパシーで抱き締めてます。猫と暮らす以前は、旅は長ければ長いほどいいと思っていました。渋滞さえも「家に帰らなくていい時間が延びる」ってワクワクしてたくらい。
守るべき存在がいると、こんなに変わるものかと、自分のことながら不思議です。錨と猫って文字のかたちも似てるでしょう。キリグが、私を帰るべきところに繋ぎとめてくれるんだと思います。

アトリエの入り口に飾られた、キリグの絵。
今年の2月にご実家の猫でバズった話に触れる暇もなく、取材時間はあっという間に過ぎました。井上さんと猫のキリグが暮らす部屋は、白く静かで、確かに帰りを誰かが待っている「港」の空気があったのであります。
井上さんの言葉を借りるなら、私たちは皆、それぞれの「錨」を持って生きている。誰かの帰りを待つ猫がいるだけで、人はその場所に帰りたくなる——猫と暮らす者は皆、とりどりのシッポを揺らす錨を持っている。いや、錨に待たれながら生きているのであります。そんなことを思いながら、二匹の猫が待っている(はず)の、家路に向かったのでありました。
猫と暮らす皆々様におかれましては、それぞれの錨を抱きしめながら、よき夜をお過ごしください。次回のインタビューもどうぞご期待くださいませ。The post 猫とはたらくvol.05:猫は、帰るべきところへ私を繋ぐ「錨」。作家・井上奈奈さんが語る、猫との暮らし first appeared on 猫ジャーナル.