「日本は人種の国ではなく作法の国だ」——連続起業家「けんすう」ことアル株式会社の代表取締役、古川健介氏が3日、Xに投稿した、日本在住の外国人が感じる日本社会の特徴をまとめたポストが拡散している。
欧州に30年近く在住するリベラルを自認する日本人音楽家がXで「日本は世界で1番自由に暮らせる国」と断言し、その理由をつづると、別のユーザーが欧米出身のゲイが同じようなことを言ってると返したのが発端。投稿は、日本では「人種概念が希薄である一方、公共マナーには非常に厳しい」「日本人らしい振る舞いをすれば受け入れられやすい」「ファッションや趣味への許容度は高い」といった外国人の声を、自身の体験談を交えて整理したもので、「言語化できていなかったことを言葉にしてもらえた」との反響が集まった。ポストへの反響は、外国人が感じる日本観にとどまらず、日本社会の「型への適応」という構造そのものを問い直す議論へと広がっている。
「マナー違反には日本人も同様に厳しい」
古川氏のポストに触発され、日本社会の構造を文化論として掘り下げる考察が相次いだ。
「内と外の文化だからですね。日本では、あまり人種や肌の色等で人を区別しない。そこではなく、内と外で自他を分ける。外国人は外から来たお客様として、丁寧に扱われるが、マナーを破った瞬間、無礼者として、客人としての立場を喪失する。あと、あくまで客人であって、身内としては扱われてない」
「作法を踏み絵とする」「内と外の区別」という二つの分析が、多くのユーザーから「腑に落ちた」と受け止められた。
古川氏のポストで特に反響を集めたのが、「日本の厳しさは人種ではなく行動に向く」という視点だ。
「ここで重要なのは公共マナーのない人は日本人でも差別されるということ 人種ではない」
「日本人のマナーとは迷惑かどうか(ゴミ、騒音、匂い、横入り、通行の邪魔etc)逆に人種とかゲイとか迷惑の理由ではないので、そんなことで差別するのが不思議ですね〜」
「時々インバウンド客相手にする接客業経験者ですけど、マナーと金払いが良い相手は国籍人種問わず良客なので丁重な対応をします。逆に『日本語ワカラナイ』『私外国人ダカラ(特別対応しろ)』『ワタシの国ではこれが通る』などと抜かす手合は迎撃アラートを発動しますよ」
「よく分析されているというか、ほとんど違和感は無いんだけど、『公共マナーを守らないと差別される』ってのはなかなかわからない感覚だ。それは単純に『嫌悪』されてるだけで差別じゃないんだよな。日本人が同じことをしても嫌悪されるよ」
行動による区別を「差別」と呼ぶかという問いに対し、「嫌悪と差別は違う」「日本人でも同じ」という整理が共感の核心となって広がった。
「同調圧力がかかる部分が国によって違う」
マナーや慣習への適応努力こそが「受け入れられる鍵」だという声が広がった。
「郷に入っては郷に従え これに全部が込められてるよねぇ」
「人種じゃなくて『郷に入っては郷に従え』だよね その環境を尊重し、それに合わせることが賢明」
「日本人ですら、他所から移住して来た他所者という観点で同じことを感じる。言い換えると『村社会』なんだけれど、郷に入れば郷に従う道理も理解できるのよねー」
「日本って公共マナーや他人への迷惑を考える教育、共感能力や協調性で安全と平和を維持した国だと思うの。だから、これらを破る人を放置する事は自分等の安全を脅かす行為だと何となく感じてて…だからこれらには厳しいんだと思う」
適応努力は外国人だけに求められるものではなく、地方から都市へ移ってきた日本人自身も同じ感覚を持つという声も集まった。
日本が特別に同調圧力が強いのではなく、「圧力のかかる場所」が他国と異なるだけだという分析も大きな共感を呼んだ。
「日本が同調圧力が強いというのは嘘で、同調圧力がかかる部分が国によって違うという話。日本では上司が会議で部下を詰めたりするが、中国では人前で相手に恥をかかせるのは禁じられている。日本では誰がどんな格好してても気にする人は少ないが、イスラムでは服装の乱れは制裁の対象になる。そして日本では、公共スペースで地べたに座っていたらSNSで晒される。どこに調和を求めるのかは社会によって変わるんだなあ」
「昔のフランスが近い雰囲気でしたね フランス語話せれば肌の色はあまり問われない感じで」
「日本の同調圧力が強い」という言説を相対化し、「各社会にそれぞれ異なる圧力がある」という整理は、「考えたことがなかった」との反応を呼び込んだ形だ。

