脳トレ四択クイズ | Merkystyle
昭和の「極端な退屈」が才能を育てる?脳科学が明かす余白の価値

昭和の「極端な退屈」が才能を育てる?脳科学が明かす余白の価値

「昭和生まれの子供時代の極端な退屈が、生涯の趣味の種をまいた」——あるXユーザーが8日に投稿したこの回想が、世代を超えて大きな反響を集めている。親戚の家の座敷でひたすら大人の会話を聞き続けた記憶、放送が始まるまで1週間待つしかなかったテレビへの期待、雨の日の自宅でやることが尽きていく感覚——「身悶えするほど退屈な時間」への共感が広がり、昭和・平成生まれのユーザーが自身の「暇つぶし史」を次々に披露し合っている。

天井の木目で迷路・ブリキの車・百科事典…

投稿の反響を受け、投稿者自身も投稿を追加した。

「昭和の子どもって、ビデオはまだそんなに普及してなくて、好きなテレビは1週間待たないといけなくて、オープニングの歌は飛ばせなくて、でもその『待つ時間』にワクワクがたくさんあって、いよいよその日ってときにナイターがあって……、あの不便さに戻りたくはないけれど、妙になつかしい」

こうした投稿をきっかけに、Xには大量の「昭和のあるある」が溢れた。

「本があれば読む、なければなんでも活字が書いたものを読む。薬の効能書でも読む」

「あった。退屈で何も無い時間。誰もいなくて何も無い、沈黙の音が聞こえる時間。仕方なしに、何かをする。何かを読む、庭に出る、何かをする。『沈黙の音』って勝手に呼んでたけれど、静かすぎてキーンとした耳鳴りのようなものを感じることです。この表現は他の人に通じるのかな」

「昭和生まれひとりっ子の暇つぶしが上手いこと上手いこと」

特に共感を集めたのが、「逃げ場のない空間」での具体的な四苦八苦だ。

「座布団の数数えたり、天井の木目で迷路したりしてましたね」

「ひたすら妄想。母と立って満員電車に乗っていて、寒い冬で母のオーバーコートの栗色のボタンから『栗からとれる蜜を集める小人』の設定で指で上に行ったり下に行ったりなぞってたら『何してんの、やめろ、』って言われてしまったり笑」

「空を見てたまに見える透明の泡?みたいなのをぼーっと眺めてた。風邪のときは布団の中で自分の髪の毛一本抜いて何回玉結びできるかとか…」

「新聞、セロテープで、野球道具つくった キャッチャーマスクが、良くできた。キャッチボールできるボールも新聞。あの時から、今も運動音痴である」

「雨が降って、レースのカーテン越しに窓の外からの景色をみながらソファで寝転がりながら、買ってもらったラジオ付きウォークマンで先週とほとんど変わらないカウントダウンヒッツをだらだらと何もせず聞いてた」

「ゲームボーイを持参してなければ、ただひたすらよくわからない大人同士の会話を聞いているしかない時間。あったなぁ」

「ある親戚の家。私のためだけにブリキの車が1台、置いてあった。年に1回その家に行くと、それでずっと遊んでた」

昭和50年代特有のアイテムの記憶も蘇った。

「昭和50年代は各家庭を回って百科事典を販売する営業マンがいたのであの時代の家庭には百科事典が割とあったのではないでしょうか?うちにも売りに来て父が買ってくれたので百科事典があり暇な時は開いて読みました」

「暇すぎて父親の持ってた『のらくろ』を繰り返して読んでた。漢字はそれで案外読めるようになった気がする。大人になって懐かしくて全巻揃えました」

「夏休みが長すぎてやる事が無い絶望と夏休みを楽しめるセンスが無い自分に嫌気が差しながら退屈という苦痛の恐ろしさを実感しました。そしてさらに、余りにも退屈がすぎると、犯罪者の無期懲役ってこんな感じなのか?って悪い事をした訳でも無いのに苦痛を妄想して楽しんでいた小学生でした」

「退屈、大事。能動、大事」

退屈を乗り越えた経験が大人になってからの趣味や仕事の基盤になっているという振り返りも相次いだ。

「『何もない』から自分で何かを作り出す経験が、後の趣味や発想の土台になってる気がする。暇つぶしの試行錯誤が実は一番豊かな時間だったかもしれない。今の子どもはスマホがあるから『身悶えするほど退屈』を経験しにくい。その退屈が実は大事だったとしたら、何かが変わってきてるよな」

「これすごく大事なことだと思ってて、退屈をなんとかやりすごすために得た技術で仕事してるようなところがある。逆にいうと、それができないと仕事うまくいかないのでは?とさえ思う。仕事じゃなくても、やりたいことをやれないのではないか。退屈、大事。能動、大事」

「それわかります。手遊びやら空想やら色々したものです。最近ふとそれらが懐かしくなり、電車移動の際はスマホを自宅に置き去りにするようになりました。駅のホームで電車待ちをする時間の、手持ち無沙汰を楽しんでいます」

こうした議論のなかで広く共感を集めたのが、ある小説からの引用だった。

「中島らもさんが「『教養』とは学歴のことではなく、『一人で時間をつぶせる技術』のことである。」って『今夜、すべてのバーで』って本で書いていたのをずっと覚えている」

この言葉は、作家の中島らもさんの小説「今夜、すべてのバーで」に登場する一節だ。

配信元: iza!

提供元

プロフィール画像

iza!

ネットで話題のネタや旬なニュースがサクッとわかるサイト 産経デジタル独自の原稿を掲載しながら、産経ニュース、サンスポ、zakzakなどさまざまな媒体のニュースを掲載。気になるニュースや話題がサクッとわかるサイトです。