ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)をご存じでしょうか。16世紀から17世紀のイングランドで活躍し、「劇聖」として知られるほど数々の名作劇を書いた劇作家・詩人です。
シェイクスピアが生きていたのは、数多くの文学や演劇が花開き「イギリスの黄金時代」と呼ばれた華やかな時代でした。
ジョージ・フレデリック・ベンセル『リア王』, Public domain, via Wikimedia Commons.
そこから150年あまりが過ぎた1768年、イギリスではじめてロイヤル・アカデミーが誕生しました。当時のアカデミーの画題として多く取り上げられたのが「歴史絵」と「物語絵」だったのです。
生前にシェイクスピアが書き残したのは、悲劇や喜劇、そして歴史劇でした。ロイヤル・アカデミーが発足した当時の人々にとって、シェイクスピアの作品はこの上ない画題となりました。
本記事では、そんなシェイクスピア作品を描いた絵画の中から特に有名なものを紹介します。
『マクベス』:野心と罪悪感に蝕まれる夫婦の狂気
魔女の予言が示すのは「輝かしい未来」だったが……
テオドール・シャセリオー『マクベスと3人の魔女』, Public domain, via Wikimedia Commons.
スコットランドの将軍・マクベスと友人バンクォーは、ノルウェー軍との戦いから帰還する途中で3人の魔女に出会います。
魔女たちは、マクベスはやがてコーダーの領主を経て王になり、バンクォーの方は王にはならないが、彼の子孫が王座につくだろうと予言します。
半信半疑のマクベスでしたが、そこへスコットランド王ダンカンの使者がやってきて、マクベスが戦功によりコーダーの領主の地位を与えられることになったと告げました。
夫からこの予言を伝え聞いたマクベス夫人は、ダンカンを殺して自ら王位につくよう進言します。そしてマクベスはダンカンを殺害し、護衛たちに罪を着せて王となるのでした。
しかし王座に就いたマクベスは、周囲の人々が自分を疑っているのではと疑心暗鬼に陥り始めます。そして次々と疑わしい人物を殺していき、最後には自らも討ち倒されてしまうのでした。
『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』運命を引き受ける女の覚悟
ジョン・シンガー・サージェント『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』, Public domain, via Wikimedia Commons.
『マクベス』の物語でも特に魅力的なキャラクターが、マクベス夫人です。
マクベス夫人は、権力への野心から夫を王殺しへと駆り立てる冷酷で強い女性として描かれています。しかし、終盤では自分の犯した罪の重さに耐えきれずに精神を病み、狂気へと落ちてしまうのです。
1889年にジョン・シンガー・サージェントが手掛けた『マクベス夫人を演じるエレン・テリー』には、虹色のコガネムシの翅(はね)を縫い込んだ緑色のドレスを着た姿が描かれています。
この作品は、1888年に行われた『マクベス』の上演をもとに創作されたものです。
王冠を頭上に掲げたマクベス夫人。その顔は威厳をたたえながらも蒼白で、まるでこれから待ち受ける人生を引き受けるかのようにも見えます。
『オセロー』:嫉妬という名の怪物
愛が殺意に変わったのはなぜ?
アレクサンドル・マリー・コラン『オセローとデズデモーナ』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ムーア人の将軍オセローは、ヴェニスの議員ブラバンショーの娘であるデズデモーナと結婚し、幸せに暮らしていました。
ところが、オセローの部下であるイアーゴは、副官の地位を同僚のキャシオーに奪われたことに腹を立て、自分を引き立ててくれない主君に憎しみを抱いていました。そこでイアーゴは、デズデモーナがキャシオーと不倫関係にあるという疑いをオセローに吹き込みます。
デズデモーナはまったくの無実でしたが、オセローはイアーゴの嘘を信じ、嫉妬にかられて妻を手にかけてしまいました。その後真実を知ったオセローは絶望し、自ら命を絶つのでした。
アレクサンドル・マリー・コランによる『オセローとデズデモーナ』には、デズデモーナを殺害した直後の場面が臨場感たっぷりに描かれています。虚ろなまなざしで横たわるデズデモーナと、らんらんと目を光らせたオセローの表情が対照的で、悲しみと恐ろしさがにじむ作品です。
『ヴェネツィアのオセローとデズデモーナ』真実の愛が確かにあったことを描く1枚
テオドール・シャセリオー『ヴェネツィアのオセローとデズデモーナ』, Public domain, via Wikimedia Commons.
テオドール・シャセリオーによる『ヴェネツィアのオセローとデズデモーナ』には、手を取り合い見つめ合う仲睦まじい夫婦の姿が描かれています。
当時、オセローのようなムーア人は野蛮な存在だと差別されており、白人女性との結婚もよく思われていませんでした。しかしこの絵を観ると、そのような周囲の声とは裏腹に、ふたりは深く愛し合っていることが伝わってきます。
嫉妬という名の怪物を暴走させ、愛する妻を手にかけてしまうオセロー。
悲劇の展開を知っているからこそ、絵の中の幸福が胸に刺さります。
