なぜ、ドクロを隠したのか
ハンス・ホルバイン《大使たち》(1533年)。部分, Public domain, via Wikimedia Commons.
もっともドクロを描きたいだけなら、もっとわかりやすい方法もありました。棚の上に小さな頭蓋骨を置けば、「死を忘れるな(メメント・モリ)」というメッセージは十分に伝わります。
実際、16世紀にはそうした絵が数多く描かれていましたが、あえてホルバインは正面からは見えにくい形で描きました。
この絵はもともと、注文主ダントヴィルの城に飾られていたと考えられています。つまり特別な日にだけ見る絵ではなく、日常の中で何度も目にする絵でした。広間に入ったときには、華やかな二人の肖像画が見えるけれど、部屋を横切り出口へ向かう途中で、絵を斜めから見る瞬間があります。
その一瞬だけ、足元のドクロがふっと姿を現すのです。ホルバインが仕掛けたのは、日常の中で「ふと死が見え、また隠れていく」体験でした。
二人の大使は29歳と25歳。まだ若く、教養があり、ヨーロッパ政治の最前線にいました。まだまだ人生はこれからだと思わせる二人です。
だからこそホルバインは、彼らの足元にドクロを置きました。本人たちが気づいていない場所に、こっそりと。
ふと死が見える瞬間
ハンス・ホルバイン《大使たち》(1533年)。ナショナル・ギャラリー(ロンドン)蔵。縦横2メートルを超える大画面に、二人の外交官と謎の物体が描かれている。, Public domain, via Wikimedia Commons.
あのドクロが不気味なのは、死が突然迫ってくる感覚を、私たちもどこかで知っているからかもしれません。
朝起きて、仕事へ行き、食事をして、また眠る。
普段は何の問題もなく元気に暮らしていますが、健康診断の結果で一つだけ赤い印がついているのを見た瞬間、自分の体が急に冷たく感じたことはないでしょうか。
まだ何か異常が起きたわけではないけれど、その「赤色」を見た途端、昨日まで普通に動いていた身体が、自分では完全にコントロールできないものに見えてくる。足元に潜んでいた死が、突然こちらを向いたような感覚です。
あのドクロは、そういう瞬間を描いているように見えます。
精神分析家のジャック・ラカンも『精神分析の四基本概念』で、この絵について論じています。ラカンが注目したのは「こちらから意図的にドクロを見つける」のではなく、ある角度に立った瞬間に「突然、向こうから視界に飛び込んでくる」仕掛けでした。
《大使たち》の足元にあるドクロも同じです。外交官の二人は政治を動かし、世界に影響を与える大きな力を持っています。しかし、そんな彼らでも死はコントロールできない。ホルバインはその不都合な事実を、二人の足元に置いたのです。
