エレガンスの追求でファッションに革命を。ディオールが舞台の映画『オートクチュール』

Granville (Manche) - Musée Christian-Dior (50106679073), Public domain, via Wikimedia Commons.

今回は、そんな最高峰の美が生まれるクリスチャン・ディオールのアトリエを舞台にした映画『オートクチュール』と、創業者の追求した「エレガンス」、ファッション界にもたらした変革についてご紹介していきます。

※映画のネタバレを含みます。

映画『オートクチュール』と、エレガンスを仕立てる職人たち

映画『オートクチュール』

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クリスチャン・ディオールのアトリエを舞台にした映画『オートクチュール』は、引退を控えたベテランお針子のエステルと、移民二世の少女ジャドが、ドレスの制作を介して心を通わせていく物語です。ディオールの衣装デザイナーであるジュスティーヌ・ヴィヴィアン氏が監修を手掛けました。

偶然の最悪な出会いからエステルに才能を見出され、高級仕立服の世界へ飛び込むことになったジャド。生い立ちや価値観の壁、偏見に衝突しながらも、技術を身につけ、驚くべき速度で成長していきます。

描かれるのは、オートクチュールの美しさだけではありません。人間としての孤独や、ヤングケアラーとしての苦悩といった現実と向き合いながら、彼女たちは最高の美しさを目指します。さらにジャドの心を動かすアイテムとして、ディオールの名作である「バー」スーツも登場しました。

映画のあらすじや魅力について、こちらの記事でより詳しくご紹介しています。

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なぜディオールのアトリエは、映画の舞台になるほど、わたしたちを魅了するのでしょうか?ここからは、創業者クリスチャン・ディオールが追求した「エレガンス」と、ファッション界にもたらした革新を深掘りしていきます。

パリのアーティストたちに影響を受けたクリスチャン・ディオール

Christian_Dior_1954, Public domain, via Wikimedia Commons.

1905年、クリスチャン・ディオールは5人兄弟の次男として生まれました。祖父が始めた肥料および化学薬品の製造事業により、余裕のある暮らしを送っていたそうです。

その後、ディオールは1920年代の芸術文化に魅了され、ギャラリーや劇場、ナイトクラブで、当時のアーティストたちと親交を深めました。そして大学入試資格試験の準備をする年齢になると、建築の世界に進みたいと考えます。しかし両親から外交官になることを望まれ、パリ政治学院へ通うこととなりました。

ディオールにしてみれば、進学したのは自由になる時間がほしかったからなのでしょう。学業よりも芸術や音楽に熱中していき、パリ政治学院を中退した後、友人とアートギャラリーを立ち上げます。サルバドール・ダリなどのシュルレアリストや、マックス・ジャコブなどの現代美術家を世に紹介したことでも知られています。

しかし世界恐慌によって父の事業が破綻し、アートギャラリーは閉鎖せざるを得ませんでした。なんとか稼ぎを得るため、ファッション画家ジャック・オゼンヌに勧められ、デッサン画を描きはじめたディオール。デザイナーや雑誌編集者から注目され、婦人デザイナーやクチュールメゾンにデッサンを販売したり、有名誌のイラストレーターとして活躍するようになります。

1935年、ファッションデザイナーのロベール・ピゲに雇われ、デザイナーとして働くことに。しかし1939年に第二次世界大戦に徴兵され、ピゲのもとを離れました。兵役を終えると、1941年から1946年までルシアン・ルロンのメゾンに勤め、主要なデザイナーとして活躍したそうです。

配信元: イロハニアート

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