エレガンスの追求でファッションに革命を。ディオールが舞台の映画『オートクチュール』

ディオールのファッションにおけるキーワードは「エレガント」

Dior denver art1, Public domain, via Wikimedia Commons.

1946年、繊維資本家マルセル・ブサックの支援を受け、「パリの伝統であるエレガントなオートクチュールを復興させる」という信念のもと、クチュールメゾン「クリスチャン・ディオール」が創設されました。

きゅっと細く絞られたウエスト、張り出したヒップ、布地をふんだん使ったスカート。ファーストコレクションで新作ライン「コロル」「ユイット」が発表されると、『Harper's Bazaar』編集長のカーメル・スノーが「ニュールック」と大絶賛。ディオールはファッション界の寵児として注目されるようになったのです。

そこからディオールのエンブレムとなったのが「バー」スーツです。5つのボタン留めがついたジャケットに、ウールで仕立てたブラックのプリーツスカートを合わせました。

身体に沿って膨らみをもたせるため、スカートの裾まわりは長さ8ヤード(約7.3メートル)、重さは8ポンド(約3.6キログラム)近かったといわれています。「高度な伝統技術を復活させた」と評価された一方、「配給制と倹約生活が続いているのに生地を浪費している」という批判の声もあったようです。

ディオールを引き継いだ若き名デザイナー、イヴ・サン=ローラン

1957年、創業からわずか10年余りでクリスチャン・ディオールが急逝します。その重責を引き継いだのは、当時わずか21歳だった若き天才イヴ・サン=ローランでした。初のアシスタントとしてスタジオで働いていましたが、クリスチャン・ディオールの希望でクリエイティブディレクターに就任しました。

Christian Dior Dress indianapolis, Public domain, via Wikimedia Commons.

翌年のデビューコレクションで発表し、世界中に衝撃を与えたのが「トラペーズ(台形)ライン」です。ディオールが得意としたコルセット風のシルエットとは対照的に、肩から裾に向かってアルファベットの「A」のように緩やかに広がるデザインでした。

新鮮でミニマムなスタイルに、1960年代の若者たちは魅了されました。熱狂的な賞賛を浴び、新聞の号外で「偉大なるディオールの伝統は続く」と見出しが打たれたという記録もあります。彼の瑞々しい感性と大胆なアプローチは、新しい風を吹き込み、ディオールの名声をより強固なものにしたことでしょう。

配信元: イロハニアート

提供元

プロフィール画像

イロハニアート

最近よく耳にするアート。「興味はあるけれど、難しそう」と何となく敬遠していませんか?イロハニアートは、アートをもっと自由に、たくさんの人に楽しんでもらいたいという想いから生まれたメディアです。現代アートから古美術まで、アートのイロハが分かる、そんなメディアを目指して日々コンテンツを更新しています。