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【取材レポート】『「怖い」本』展。東洋文庫ミュージアムで見つけた、古今東西の「怖い」

大鯰をみんなで退治!鯰絵が伝える恐怖と笑い

『地震風刺絵』(鯰絵) 1855年刊『地震風刺絵』(鯰絵) 1855年刊

災害や疫病をテーマにした資料にも、こうしたユーモアは顔をのぞかせます。かつて人々は、流行病や自然災害といった理不尽な災いに直面したとき、その原因を鬼や妖怪など「人ならざるもの」に求めました。

『地震風刺絵(鯰絵)』もそのひとつ。1854年に起きた東海・南海地震では、東海道から九州にかけて大きな被害をもたらし、翌年には安政の大地震が江戸を襲いますが、発生直後から「鯰絵」と呼ばれる浮世絵が次々と刊行されました。

そこには地震の元凶とされた大鯰をみんなで懲らしめる場面なども描かれ、おかしみのある表現の中に、やり場のない恐怖と不安を見ることもできます。

殉教、拷問、刑罰。人が生んだ「怖い」の記録

『イエズス会士書簡集』 1780〜83年 パリ刊『イエズス会士書簡集』 1780〜83年 パリ刊

人が人を虐げ、裁き、傷つける行為が生む「怖い」は、より複雑な様相を帯びています。16世紀末以降の日本で相次いだキリスト教信者の殉教は、当時のヨーロッパでは信仰の証として称えられました。アジアで布教を展開したイエズス会士による『イエズス会士書簡集』には、1737年のトンキン(現・北ベトナム)における殉教の様子が表されています。

『中国の刑罰』 メイソン 1804年 ロンドン刊『中国の刑罰』 メイソン 1804年 ロンドン刊

また人権という概念が生まれる以前の刑罰には、身体に直接苦痛を与えるものが数多く存在しました。中国・清代の刑罰を記したメイソンによる挿絵には、足の腱を切るなど、目を背けたくなるような残虐な刑の記録が残されています。

現代の感覚からすれば、ただ恐ろしく、理不尽に映るこれらの行為も、当時の社会では正当な行為とされることがありました。こうした作品や資料をたどっていくと、「怖い」の基準が時代や社会によって大きく異なるという事実が、自然と浮かび上がってくるのです。

配信元: イロハニアート

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