フェルメールとフィチェレッリの関係はいかに?
フェリーチェ・フィチェレッリ《アルミーダの庭のカルロとウバルド》, Public domain, via Wikimedia Commons.
活躍した時期はフェルメールのほうが遅いため、フェルメールがフィチェレッリの作品を模写した説は、時系列的には筋が通っているように思えます。
ただし、フィチェレッリはイタリア、フェルメールはオランダが活動拠点。《聖プラクセディス》を描いたのがフェルメールだとすると、どうやってフィチェレッリによる元のバージョンを知ることができたのでしょうか?
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》, Public domain, via Wikimedia Commons.
インターネットなどなく、手紙のやり取りにも数ヶ月を要した時代のことです。正確に模写するためには原作を深く知る機会が必要ですが、フェルメールにそんなチャンスがあったのでしょうか。
フェルメールは、オランダのデルフトからほぼ一生出なかった画家。また、フィチェレッリ版がイタリア国外に持ち出された可能性も低いと考えられています。フィチェレッリの絵画とフェルメールは、出会えるはずがなかったのです。
というわけで、《聖プラクセディス》をフェルメールの作品とするのは無理そう……ですが、事態はここから急展開を迎えます。
やっぱり本物!?科学が明らかにした絵画の出自
アムステルダム国立美術館(Mustang Joe • CC0), Public domain, via Wikimedia Commons.
2014年、疑惑の《聖プラクセディス》がクリスティーズのオークションに出品。事前に行われたオランダのアムステルダム国立美術館による科学調査の結果は……なんと、「フェルメールが描いた可能性」を示唆するものでした。
主な根拠は2つ。1つめは、《聖プラクセディス》に使われた白の顔料が、17世紀オランダのものであることです。イタリアで使われたものではないため、フィチェレッリ説よりもフェルメール説が濃厚となりました。
ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》, Public domain, via Wikimedia Commons.
2つめは、《聖プラクセディス》に使われたものと同じ顔料が、フェルメールの絵画《ディアナとニンフたち》にも含まれていること。《ディアナとニンフたち》は初期のフェルメールが神話を主題に描いた絵で、宗教画の《聖プラクセディス》と同時期に描いていたと考えてもおかしくはありません。
こうした科学的な根拠から、《聖プラクセディス》はフェルメールが描いたのでは? とする主張に勢いがつきました。
