「誰も見ていない」1人きりの部屋の落とし穴
さらに今回の火災が起きた音楽準備室は、まさに「密室」だった。音楽を教える教員は「音楽専科1人配置」となり、学校に1人しかいないことが多い。この配置では、音楽室・音楽準備室の鍵の管理・機材の点検・室温管理まで、1人の教員が全責任を負う。日常的に他の教員の目が届かない。「私物を置いている」「洗濯物を干している」という状況が長期間気づかれないまま続いたのも、この物理的な孤立と無関係ではないだろう。
「担当が自分1人」という状態は、学校だけでなくあらゆる組織に存在する。倉庫管理、サーバー室の保守、夜間の施設警備といった担当でバックアップ要員がおらず、管理職の実態把握が難しい環境では、似たような「見えないリスク」が蓄積しやすい。今回の火災は、1人体制のポジションに潜むリスク管理の問題として、さまざまな業種に当てはまるはずだ。
「私物の持ち込みと職場での洗濯」という行為は、服務規程の観点から見れば明確に問題だ。しかし心理学・行動科学の観点からは、別の見方ができる。
極度の時間的プレッシャー下に置かれた人間は、「本来すべきではないが、今は合理的」という判断に傾きやすいことが知られている。音楽準備室という他の先生の目が届かない1人きりの空間。この教員がそうだったのかどうか、本当のところはわからないが、「終わらない仕事」と「朝6時からの長時間労働」が重なったとき、何が起きるか。極度の忙しさに追われた人間は、「本当はダメだけど、今ここで一緒に済ませてしまおう」とルール違反を軽く考えてしまうのだ。
本来なら家でやるべき「洗濯」を学校で行ってしまったのも、こうした追い詰められた環境が生んだ「ギリギリのサバイバル術」だった可能性もある。しかもこれは教員特有の話ではない。職場の冷蔵庫を私的に使う、会社のプリンターで個人の書類を印刷する…「小さな私的利用」がなぜ起きるのかという問いは、どの職場にでも起こりうる話である。

