●なぜ「人を殺したら死刑」とはならないのか?
「行為の重さに見合った」というのであれば、なぜ「人を殺したら死刑」とはならないのでしょうか。
被害者は刑事裁判の当事者ではなく、私的な復讐が禁じられている代わりに国家が刑罰権を行使するというのであれば、国家が私人に代わって、被告人を被害者と同じ目に遭わせることが許されてもよいのでは、とも思えます。
罪に同じだけの報いを返すのが「報い」だとする考え方もありえますが、日本はこの立場を採っていません。
刑罰には、報いを与えるだけでなく、今後の犯罪を防ぐ役割も求められています。
そして、犯した罪と同じ目に遭わせる、ということを徹底しても、犯罪の予防にはつながらないと考えられています。
また、たとえば同じ被害者の「死亡」でも、事情によって行為者の責任非難の重さが違うと考えられています。
また、たとえば、計画的な殺人の場合と、暴行の結果として死なせてしまった場合とでは、非難の度合いが異なります。
今の刑罰は、この「責任の重さ」に応じて決められます。
●無期や死刑が選ばれるのは、どんなとき?
量刑の中心は、あくまで「行為に対する責任の重さ」です。この重さは、過去の似た事件と比べて決められます。
暴行のうえで被害者を死亡させた、という強盗致死事件では、無期刑が言い渡されることもあります。
強盗致死罪(刑法240条)の法定刑は無期か死刑ですから、これは当然のことのように思われるかもしれません。
しかし、実際には、被害者が1名の場合の強盗致死の量刑傾向をみると、裁判員制度施行後のものを含めても、死刑を選択した事案は私が調べた限りでは見当たらず、無期懲役に処せられる者も全体の4分の1程度です。
無期刑を選択されるケースは、危険な暴行を行った結果死亡させた場合、強盗致傷等の悪質な併合罪のある場合や、重大な前科のある場合などが多く、残る多くの事案では、酌量減軽がなされて有期刑となっているようです。(東京高裁平成26年(2014年)9月17日判決参照)
これは、生命を奪う故意のない強盗致死罪と、元々生命を奪うつもりで犯行に及んだ強盗殺人罪との違いからくるものと考えられているようです。
具体的なケースでいえば、さいたま地裁平成31年(2019年)2月5日判決では、強盗致死、強盗傷人などで死亡した被害者が1人、負傷者が他に複数人いるケースで、犯行を発案・主導した中心人物には、無期懲役が言い渡されましたが、分け前目当てで加わった共犯者は、懲役16年でした。
同じ事件でも、主導した人と、従属的に関わった人とでは、量刑が異なると考えられています。
報道によると、川村被告人は、犯行を主導したとまではいえず、死亡への直接的な関わりも限定的だと判断されたようです。
裁判所はこうした点を踏まえ、無期までは選べないと考えたようです。

